医療の限界を知り、介護の可能性を広げる

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 脳卒中の後遺症により全身拘縮で寝たきりの状態、さらに経鼻経管で栄養補給をしており要介護度は最重度の「5」……。もし貴方が家族や介護職だったら、もう回復は難しいと諦めてしまうケースではないだろうか。

 先日、行われた介護付き有料老人ホームを運営する介護事業者の事例発表会では、そんな周囲の諦めを覆す数々の事例が報告された。その場に居合わせた全ての人が“医療の限界”を知り、“介護の可能性”を目の当たりにした瞬間だった。今回このコラムで紹介する事例が、私たち1人1人の中にある「諦め」「思い込み」「決めつけ」を覆し、絶望の中にいる本人や家族の希望の光になればと思う。

車椅子を押す老人

飛び降り自殺まで考えた女性が社会参加するまでに……

 この事例報告会を主催したのは介護付き有料老人ホームを運営するサンケイビルウィルケアだ。ほとんどの事例が80歳を超える年齢で、脳卒中の後遺症や心不全などの疾患を抱えかなり困難と思える状態の人ばかりだった。

 まずは肺炎による入院で自閉傾向となり、さらに認知機能の低下やうつ症状が見られた86歳の女性。医師の診断は“双極性障害”で精神科病院への入退院を繰り返した結果、飛び降り自殺をするまで追い込まれる。家族による介護が限界となりホームへ入居した。

 一般的にも双極性障害の治療は時間もかかり難しいと言われているが、そもそもこの女性への診断が正しかったのか……。このホームのスタッフも精神的な病気だからと決めつけて薬による治療をするのではなく、うつ症状が現れているのは体力や活動力が低下していることが原因と考え、定期的な運動やリハビリなどの基本的なケアを実施した。

 そしてホーム内だけでなく地域サロンでの体操など社会参加を促し役割や仲間を作っていく支援を行った。その結果、体調が整ったことで幻覚や幻聴の症状も徐々に無くなったという。つまり、この女性の幻覚や幻聴は精神疾患によるものではなく脱水だった可能性が高い。脱水によるせん妄は介護の現場ではすでによく知られている症状である。

 うつ病や認知症と誤診し、薬物による治療で症状をさらに悪化させていたとしたら、それは間違いなく「薬害」である。もし自分の家族で同じことが起きていたら貴方は憤りを感じないだろうか? この女性がそのまま病院で過ごしていたらと想像して欲しい。

 今ではホームの中に仲間もでき、地域活動や畑作業に参加するなど活動の幅を広げている。医師の診断を鵜呑みにせず、薬に頼らない基本ケアで見事に回復させたこの事例は、人間らしさを取り戻すのに必要なのは医療ではなく介護であることを証明している。

経鼻経管栄養の状態から歩行が可能になるまでに……

 次に紹介するのはコラムの最初に書いた脳出血のため全身拘縮で経鼻経管をしていた女性のケース。発症時の年齢はまだ60代前半で、脳出血を再発しベッドで寝たきりの生活となる。常に失禁状態でオムツを着用し、経口による食事が出来ずに経鼻経管による栄養補給を余儀なくされた。

家族でさえ諦めてしまっても仕方のない状況の中、ホームでは口からの食事を目標にして一時的に胃ろうを造設し経鼻経管チューブを外すことからスタート。経鼻にチューブが挿入されたままでの経口摂取は失敗するリスクが高いと判断しご家族の理解と承諾を得ての決断だった。

 チューブを外したことで鼻から喉への異物感が無くなり、咀嚼から嚥下までの一連の動きがスムーズに。胃ろうと経口常食を併用しながら支援を続けた結果、半年後には3食すべて普通の食事を口から食べられるようになる。

 食事のケアと同時に、ベッドでの寝たきりの状態ではなく、椅子に座り自分で食べる訓練をすることにより、全身の筋緊張も取れ、なんと歩行も可能に。さらに意識の覚醒水準も向上し言語まで戻ってきたとのこと。

 この女性の話を聴いた時に、母が入院していた脳外科の病室を思い出した。同じように経鼻経管をして寝たきりだった患者さんが数人いた。10代の私が“生きるとは”を深く考えた時間だった。「どんな状況でも生きていて欲しい……」こう願いながらベッドサイドに寄り添っていた家族の姿が目に焼き付いている。

 27年前のことなので医療やリハビリの進歩もあり単純に比較ができないが、逆にその時と変わらぬ状況に置かれている人が今もいることが残念でならない。

”やらない理由はない”この言葉が人生を救う

 初めはホーム内でも看護師からの反対があったそうだが、病院でも経鼻経管をしながら飲み込む練習はしていたこと、言葉は話せなくともこの女性には意識があり本人に食べる意思と能力があると感じた担当の介護スタッフいわく「やらない理由がなかった」とのこと。

 この女性にご飯を普通に食べてもらいたいという気持ちからスタッフ全員で協力し、さらに家族と信頼関係を築いた上でチャレンジした自立のためのケアが、まさに1人の人生を救った事例と言えるだろう。

 “介護が医療を超えた”会場からはこんな言葉が飛び出したが、まさにその通りだと思う。この女性と同じ状況の脳卒中の患者に対して、ほとんどの医師や家族はもう回復は無理と決めつけていないだろうか。そして多くの病院や介護施設ではリスクがあるからやらないという選択をしていないだろうか。

「諦め」「決めつけ」「思い込み」を捨てる

 「医療の限界」を知らなければならないのは医師などの医療関係者だけではない。本人や家族も同じである。病院に行けば先生がなんとかしてくれるという医療への過度な期待を多くの人が抱いていないだろうか。残念ながら医療にも不可能なことがある。病気を治すことを目的とする病院では患者1人1人の生活をイメージしたケアが十分に行えないのが現実なのである。

 肺炎の治療で入院、病気は治ったものの寝たきりに……そんな話をよく聞く。医療で命が救われたとしても、自分ではトイレに行けずオムツに、口から食事は摂れず胃ろうを装着する。このように人としての当たり前の生活の質が奪われてしまう現状をおかしいと思わない人はいないのではないだろうか。医療を受ける側の心の中にある“医療神話”や“病院神話”を捨てる時が来ている。

 高齢化が進んでいけば脳卒中の後遺症や心不全などの疾患を抱える医療依存度の高い人が今後増えていくことは間違いない。「やらない理由がない」こう言い切った介護職は魔法を使ったわけでも奇跡を起こしたわけでもない。介護の専門性を最大限に発揮し適切なケアをしただけなのである。

 サンケイビルウェルケアのホームでは寝たきりイコールオムツという発想もない。重度の障がいがあるから、要介護5だから無理だという「諦め」「決めつけ」「思い込み」を排除することにより、回復の可能性を引き出し、人間らしい生活や人生を取り戻すことが出来るのである。

 介護職だけでなく家族を含めたすべての人が「諦めない」「決めつけない」「思い込まない」という意識改革をすることで、介護の可能性をどこまでも広げていけると確信している。介護の可能性を広げる鍵を握っているのは私たち自身……。

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