石井英寿さん(宅老所・デイサービス/いしいさん家 代表)お年寄りも子どもも、いろんな人が、みんな一緒に「ありのまま」でいられる居場所vol.2
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事業を拡大するよりも、自分の目の届く範囲でしっかり運営したい、とあるときから石井さんは考えるようになった。失敗や挫折、葛藤に悶々としながらも、「こうあるべきだ」という介護ではなく、さまざまなバランスを取りながらやっていきたい、という。※写真は石井英寿さん
「問題行動」というけれど、本人にとっては理由がある行動
―「いしいさん家」では、「どんなに深い認知症の人でも受け入れる」とうたっていますね。認知症を「重い」ではなく、「深い」と表現しているのはいいなと思いました。
「重い」と表現するのは、認知症の人の行動を「問題行動」として捉えているからだと思うんです。でも、「問題行動」というのはこちら側の世界から見た言葉であって、本人にとってはちゃんと理由があってする行動だから「問題行動」ではないんですよね。たとえば、入浴を拒否する人の場合も、本人にとっては拒否をする理由がある。それは、ユニフォームを着たスタッフに裸にされたくないとか、よく知らない人とお風呂に入りたくないとか、昼間からお風呂に入りたくないとかいう理由かもしれません。
だから、「いしいさん家」では、本人が拒否する理由を考え、どうしたら納得してもらえるかを考えます。ときには僕も一緒に裸になってお風呂に入ったりもします。
もちろん、毎回同じ方法ではなく、その人の状況を見て臨機応変に対応します。
―その様子はしばしばメディアでも取り上げられ、石井さんは「スーパー介護士」として取り上げられたりもしていますね。
僕はスーパー介護士なんかではありません。テレビでは、まるで僕がすべて完璧にこなしているかのように映像をつなぎ合わせて編集されてしまうことがあるけれど、実際の僕は完璧ではないし、失敗や葛藤もあります。家族からクレームが来るとやはりドキドキしますし、安全には常に気をつけているつもりでも、転倒して骨折してしまった方もいらっしゃって、そうなると本当に申し訳ないし、落ち込むし、これからどうなるんだろうと不安になります。人とかかわると、やっぱりいろいろなトラブルにも遭遇する。そのたびに気持ちがへこんだり、1人で泣いたり叫んだりもしています。メディアではそういう影の部分は伝えられず、光の部分だけが紹介されますが、そのことで僕自身は苦しかったりもしています。
また、最初のころは「自由に過ごすことが大事」「延命処置はあり得ない」「自然であるのがいい」などと言ってきましたが、必ずしもそうとは言えない場合もあることがわかってきて、なんでも「介護はこうあるべきだ」と考えるのではなく、バランスをとることも大事なんだと思うようになりました。僕もまだまだ勉強中なんです。
子連れスタッフや、親が利用しているスタッフ、外国人もいる
―「いしいさん家」では、スタッフが自分の子どもを一緒に連れてきて働くこともできるそうですね。しかも、今日はギニアの女性スタッフと、そのお子さんたち(小さな男の子と、女の赤ちゃん)もいて、なんだか国際的でもあります。外国人のスタッフの方は多いんですか?
いまはギニア、ペルー、パキスタンの3人がいます。つい最近までホンデュラスの人もいました。特に外国人を募集しているわけではなくて、皆さんどこかで「いしいさん家」のことを聞いて知ったらしく、自分から「ここで働きたい」と言ってきた人たちです。
―また、「いしいさん家」には、子連れで働きに来るスタッフだけでなくて、親が「いしいさん家」を利用しているスタッフもいらっしゃるとか。
そうなんです。親と子だけの関係のなかで介護をしているとイライラが募ることも多いけれど、自分の親がほかのスタッフに見てもらう様子を見たり、自分もほかのお年寄りと接したりしているうちに、親に対してもっとラクに接することができるようになったと話すスタッフもいます。
また、よく「親の介護をきっかけに仕事を辞めなければいけない」という人もいるけれど、親が利用している事業所で自分も働けるようになれば、仕事を持ちながら介護を続けることができるようになるかもしれない。そういった方向も視野に入れて行っています。
※取材日の昼食風景。お年寄り、スタッフ、スタッフのお子さんみんなで。
資格や専門知識がある人よりも「まっさら」な人のほうがわかってくれることも
―「いしいさん家」には、介護の資格のあるスタッフはどれくらいいらっしゃるんですか。
どちらかというと、介護の資格や専門知識のある人よりも、資格等のない「まっさら」なスタッフのほうが多いですね。介護の勉強をしてきた人は、どうしてもいろいろなことを「問題」にしてしまう傾向があるように思います。先ほど述べたように、本人の視点に立てば問題ではないことを「問題である」と捉えてしまったり。
そういう話をすると、「まっさら」な人は割とわかってくれるんですが、一方で介護の資格や専門知識のある人はなかなか受け入れられないことが多い。お年寄りに何かと介入して「お世話」をしたくなったり、「自分は学校で『こうするのが正しい』と教わったからこうするんだ」と固執する人もいれば、人間の自然な老いに逆らって「治そう」「薬で状態をよくしよう」とする人もいる。でも、「いしいさん家」では、介入や薬によってではなく、いろんな人との交流や触れ合いのなかでその人の生活をよくしたいと思っているし、実際によくなった人はいます。そんな「いしいさん家」の考え方を理解できず、辞めていくスタッフも実はいっぱいいるんです。
―そういう話もまた、メディア等では取り上げられない部分ですね。
また、どうしても女性の多い職場なので、スタッフ間のコミュニケーションの難しさもあります。例えば、利用者に水分をとらせたいというスタッフもいれば、いまはむしろ寝かせてあげたいと考えるスタッフもいて、その判断の違いに互いの感情が入ってしまったりすることもあります。その結果、被害を被ることになるのはおじいちゃんやおばあちゃんたちです。
小さい事業所であっても、理念や方針をみんなに100%伝えるというのは難しい。独立しようと決めたときは、「将来は事業所数も拡大していこう」なんて思っていましたが、いまは拡大はせず、自分の目の届く範囲内できちんと理念が伝わる運営をしたいと考えています。
(つづく)
<事業所プロフィール>
いしいさん家(有限会社オールフォアワン)
平成17年10月、有限会社オールフォアワン設立。同年12月1日、指定通所介護保険事業者として許可を取得し、平成18年1月1日、千葉市花見川区柏井町の民家で、「宅老所・デイサービス/いしいさん家」を始める。お年寄りだけでなく子どもや、障がいのある人がスタッフとして働いていたり、利用者家族も働いていたり、とにかくにぎやかだ。同年5月より「いしいさん家居宅介護支援事業所」を併設。平成20年2月に、住んでいた自宅を開放して「みもみのいしいさん家」を習志野市に開所。ここでは、主に若年性認知症の人や高次脳機能障害がスタッフと一緒に仕事をするための取り組みを行ったり、うつなど心の病気を持つ人も、ここを利用しながらお手伝いをしている。外国人のスタッフも自然と働くように。その子どもたちも通ってくる。毎日いろいろな人が集まってくる。スケジュールも何もなく「ありのままに」過ごせる。石井英寿さんの「お年寄りたちともっと深く関わる介護がしたい」という想いを具現した「場」でもある。
※一軒家を利用した「いしいさん家」
執筆者:介護マスト編集部