石井英寿さん(宅老所・デイサービス/いしいさん家 代表)お年寄りも子どもも、いろんな人が、みんな一緒に「ありのまま」でいられる居場所vol.1

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「人間はみんな一緒。どんな人も断らず受け入れる」「ありのままに過ごす」「今を楽しむ」、それが「いしいさん家」のスタイルだ。ドキュメンタリー映画でも紹介され、メディアで「スーパー介護士」として取り上げられることも多い石井さんだが、「自分はスーパー介護士ではない」と言う。葛藤し悩み、それでも「介護という仕事の面白さを伝えたい」と、内に秘めた想いがひしひしと伝わる。

自分たちの倍の人生を歩んできた人たちの生活を、僕らが管理していいはずがない

―きょうは初めて「いしいさん家」(千葉市)を訪れましたが、住宅街にあるふつうの民家を活用しているんですね。しかも、お年寄りたちがくつろいでいる横で子どもが遊んでいたり、庭には犬がいたりと本当ににぎやかです。そもそも石井さんが介護の世界を志したきっかけとは何だったのでしょう。

僕は高校生のときラグビーをやっていたんですが、ラグビー部の顧問の先生が介護施設での3日間のボランティア活動を紹介してくれて、そのときの体験で、「介護の道に進みたい」と思ったんです。もともと僕は子どものころから大のおばあちゃん子だったので、介護の世界に行くというのは自然なことでした。高校を卒業すると、淑徳大学の社会福祉学科に入り、そこの講師で「個別ケア」の提唱者でもある中田光彦さんと出会って、「関わりは、『ついで』とか『無計画』でいいんだ」と教えられました。それで、やっぱり介護現場で働こうという思いを強くしたのです。

 

卒業後、千葉県船橋市に精神病院が新しく開設した老人保健施設(老健)に就職しました。これが、実家のあった埼玉県川口市から、千葉県に移ることになったきっかけです。老健では最初の半年間、精神科のソーシャルワーカーとして働いたのですが、どうしても介護現場に行きたいと頼んで異動が叶い、介護職員として8年勤務しました。

 

―老健の介護現場での8年間はどういうものでしたか。

やはり大きな施設では100人とかの規模で人を見ないといけないので、対応が管理的で画一的になってしまうと思いました。決まった時間にいっせいに食事、入浴、おむつ交換するというのも違和感があった。みんなが同じ時間にうんちやおしっこをするはずがないのに。レクリエーションでお年寄りに無理やりマイクを向けるのも違うんじゃないか。80歳、90歳という、自分の人生の倍以上を生きてきた人たちの生活を、僕らがそんなふうに管理していいのか、と疑問をずっと感じていました。

 

もちろん、自分はそこで育ててもらったわけだし、大きな施設の役割というのもあるとは思うけど、本当にこれでいいの?と。母体が精神病院の老健だったので、薬でうつろな表情になっているお年寄りもいて、「本人主体」というけど、結局は「職員主体」「施設主体」のケアになってしまっていると思っていました。

 

お年寄りたちは、いつ突然調子が悪くなって、明日どうなるかわからない人たちです。だったらせめて「今」を楽しめるようにしてあげたい、笑わせてあげたいと思って、食事のとき歯に海苔を付けて見せてみたり、雪の日は雪だるまを作って持っていったりしました。そうすると、ふだんあまり笑わないおばあちゃんとかが声を出して笑ってくれる。本当にうれしかったですね。

午前中に50~60人いっせいにお風呂に入れるという状況のなかでも、少しでもお年寄りたちに楽しんでもらおうと思って歌を歌ったりしました。周りのスタッフからは「うるさい!」「そんなことしている場合か!」と怒られましたが、僕は続けました。やはりスタッフが楽しくしないと、お年寄りたちも楽しくなれず、それでみんながイライラしたりもすると思うんです。

 

やらずにあとで後悔したくない。根拠はないけど「なんとかなるかも」と思った

―そして、2005年8月に老健を辞めて、翌年1月に「宅老所・デイサービス/いしいさん家」を開設なさったんですね。

施設の介護は効率優先ですから、人との関係がどうしても「さっぱり」したものになってしまうんですよね。僕がゆっくり話したいと思っていたおばあちゃんがいて、ここしばらく見かけないなと思ったら、「亡くなったよ」という情報をあとで知らされたりとかして。僕はもっとお年寄りたちと深くかかわる介護がしたかったんです。

 

ちょうどそのころ、千葉県のデイサービス「ひぐらしのいえ」を本で知り、自分でデイサービスを立ち上げればやりたい介護ができるかもしれない、と思い至りました。老健を辞めることにし、しばらくは「ひぐらしのいえ」でアルバイトをしながらデイサービス開設の勉強をして、「いしいさん家」を開設しました。僕が30歳のときでした。

 

―不安はありませんでしたか?

もちろんありましたよ。施設に勤め、給与をもらっていたほうが収入は安定していますからね。でも40歳・50歳になったとき、やりたい夢があるのにやらなかったことを後悔したくなかったし、いまならやって失敗してもやり直せるんじゃないかと。経営の知識なんかはなかったけれど、「何とかなるかだろう」という根拠のない自信みたいなものはありました。

老健の職場で知り合って結婚し、先に退職していた妻も後押ししてくれましたし、妻の両親も応援してくれました。一方で僕の親は反対で、最初はおやじとけんかしましたけど(笑)。

 

スケジュールはなく自由に過ごす。どんな人も受け入れる

―いしいさん家では、「どんな人も受け入れる」「スケジュールはなく、管理しない」「ありのまま、その人らしい居場所づくり」をうたっていますね。そして、お年寄りも子どもも、障がいのある人もない人も、いろいろな人が集まって、自分の思うままに過ごしています。

いしいさん家を開設するとき、「いまは悲しい事件も多い時代だけど、昭和の初期のようなドロ臭い人と人とのふれあいとか、「向こう三軒両隣」とか、日本の文化の誇れるところをよみがえらせたいな、そういった場所を作り出せるといいな」という思いがわいてきたんです。

そのうち、お泊りもやるようになったら利用する方がたくさんいらっしゃって、スペースが足りなくなったので、たまたま空き屋だった隣の家をお泊り用として使うようになりました。

※お年寄りと子どもが一緒に過ごす「いしいさん家」

―その後、平成20年2月には、千葉市の隣の習志野市に「みもみのいしいさん家」も開設しましたね。

「どんな人も受け入れる」とやっていたら、若年性認知症の人や高次脳機能障害の人が、ほかのデイサービスでレクリエーションや集団行動ができないからという理由で、ケアマネジャーから紹介されて来るようになりました。受け入れて様子を見ると、実はみんな仕事がしたいという思いを持っていることがわかった。

 

そこで、僕ら家族が当時住んでいた自宅(実籾(みもみ)駅の近く)を開放して、主に若年性認知症の人や高次脳機能障害の人がスタッフと一緒に仕事をする取り組みを行うための「みもみのいしいさん家」を開設したんです。いろいろなところに営業して、小学校の校庭の掃除、ちらしのポスティングなどの仕事を無償ですが、受注していす。ちなみに「いしいさん家」の送迎車の洗車もお願いしています。

 

その「みもみのいしいさん家」の利用者のなかに、アルツハイマー型認知症で、奥さんと2人暮らしだった国分智さんという方(愛称:親方)がいました。もともと習志野市内で手広く塗装業を営み、仕事一筋に生きてきた方です。認知症になってからは、「みもみのいしいさん家」のメンバーとして小学校や駅前の掃除に参加し、塗装の腕を生かして本格的なペンキ塗りをしてくれたり、ときおり大声を上げるメンバーをなだめて場をおさめたりもしてくれる方でした。

 

ある日、親方の奥さんが脳梗塞で倒れて老健に入所し、元塗装店でもあった大きな家は親方だけで過ごすことになってしまいました。すると、親方の息子さんが僕らに「家を使ってください」と言ってきてくださったんです。それまでの「みもみのいしいさん家」は古く、ちょうど引っ越したいと思っていたところだったので、「みもみのいしいさん家」は親方の家に引っ越しました。その後、老健にいた奥さんも家に戻ってきて、親方と奥さんが2人で暮らす家に、「みもみのいしいさん家」のみんなが毎日集まって過ごすというかたちになりました。

 

また、もともと千葉市の「いしいさん家」にあったお泊りの機能や、居宅介護支援事業所「かいごよろず相談所~いしいさん家の介護相談室」も親方の家に移しました。さらに、スタッフの子どもが障がいを持っていて居場所づくりを始めたのをきっかけに、習志野市の「障がい児日中一時支援事業」として「みんなのいしいさん家」も親方の家に設けたほか、認可外保育所(現在定員3名)も開所しました。

※元“親方”の家「みもみのいしいさん家」

こうして振り返ってみると、自分から仕掛けて何かをするのではなく、自然の流れに乗ってここまでやってこられたという気もしますね。

 

親方は、「いしいさん家」で初めて看取った方でもあります。「いしいさん家」を開設したことで、ずっとやりたかった「一人ひとりと最期まで深くかかわる」ということもできるようになり、命の大切さを学ばせていただくことになりました。

(つづく)

<事業所プロフィール>
いしいさん家(有限会社オールフォアワン)

平成17年10月、有限会社オールフォアワン設立。同年12月1日、指定通所介護保険事業者として許可を取得し、平成18年1月1日、千葉市花見川区柏井町の民家で、「宅老所・デイサービス/いしいさん家」を始める。お年寄りだけでなく子どもや、障がいのある人がスタッフとして働いていたり、利用者家族も働いていたり、とにかくにぎやかだ。同年5月より「いしいさん家居宅介護支援事業所」を併設。平成20年2月に、住んでいた自宅を開放して「みもみのいしいさん家」を習志野市に開所。ここでは、主に若年性認知症の人や高次脳機能障害がスタッフと一緒に仕事をするための取り組みを行ったり、うつなど心の病気を持つ人も、ここを利用しながらお手伝いをしている。外国人のスタッフも自然と働くように。その子どもたちも通ってくる。毎日いろいろな人が集まってくる。スケジュールも何もなく「ありのままに」過ごせる。石井英寿さんの「お年寄りたちともっと深く関わる介護がしたい」という想いを具現した「場」でもある。

※一軒家を利用した「いしいさん家」

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