前田隆行さん(NPO町田市つながりの開 理事長)デイサービスの概念を180度変えていく Vol.1


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東京・町田市にある「DAYS BLG!」は、50代の若年認知症の人から90代までが集うデイサービス。決められたレクリエーションなどはなく、その日何をするかは利用者(メンバー)たちが決めるという「本人主体」がコンセプトだ。認知症になっても、高齢になっても、「はたらきたい」という人の思いを実現すべく、企業等と協力して就労支援も行っている。「デイサービスは『行くための場所』ではなく、『社会とつながるための場所』。既存のデイサービスの概念を180度変えたい」と、「DAYS BLG!」を運営する「NPO町田市つながりの開」の理事長・前田隆行さんは話す。前田さんに、福祉の道を選んだ理由や、理念と経営の両立、今後の展望などについて尋ねた。

「偶然」に導かれ福祉の世界へ きっかけはニュージーランド留学

―前田さんは、大学生のときニュージーランドに留学して出会った、ホームステイ先のお父さんから影響を受けて福祉の道に進んだとか。

 

そうなんです。ホームステイ先のお父さんが車いすの会社に勤めていて、ある日、その仕事現場に私も連れていってもらうことがあったんです。お父さんが車いすの細かい調整をすると、お客さんであるおばあちゃんから笑顔がこぼれる。そんなお父さんを見て、「カッコイイなぁ」と思いました。まるで外国映画のワンシーンを見ているようでしたね。こんな仕事があるのかと。お客さんの反応が直接見られるというのもいいなと感じました。

 

実は、そのお父さんの家でホームステイするようになったのは、よくわからない手違いからなんです。留学が決まって、ニュージーランドの空港に到着して、私の名前を書いたプラカードを手にしている人についていったら、着いた先の家の人が「留学生が来る話なんか聞いていない」と言う。で、最終的に受け入れてくれたのが、車いす会社に勤めるお父さんだったというわけです。

 

1年間の留学を終えて帰国すると、私は社会福祉士資格の取得につながる科目を取りまくって、卒業と同時に社会福祉士資格を取りました。

 

―最初に日本の大学に入学したときには、将来何になるとかは決めていなかったんですか。

 

何も決めていなかったですね。私は中学校・高校までずっとハンドボールをやっていて、複数の大学からハンドボールで推薦入学する話も来ていたんですが、将来ハンドボール選手として食べていこうとは思いませんでした。推薦入学の話はすべて断って、普通に受験して大学に入ったんですが、そのときも特に何になりたいという気持ちはなかった。ですから、ホームステイ先のお父さんとの「偶然」の出会いがなければ、いまこの仕事にはついていなかったですね。

 

もう1つ「偶然」を言うとすれば、その大学にはハンドボール部がなかった。なので、大学時代に私がハンドボールをする機会がなかったというのも、選手の道ではなく福祉の道に進むことを後押ししたといえます。

 

縛られている認知症の人と出会う

―卒業後はまず、病院の医療ソーシャルワーカーとして勤務したそうですね。

 

大学の掲示板に求人案内が貼ってあったので、「大きな病院だから安定しているかな」という安易な思いで(笑)、面接を受けたら採用されました。でも、病院に就職した翌日に、町田市にある同じ法人の病院への異動を命じられたんです。「ちょっと町田に行ってきて」という言われ方だったので、てっきり何か物を届けに行ってほしい、ということかと思ったら、そうじゃなかった(笑)。こうやって、自分にとってそれまで縁もゆかりもなかった町田に来ることになったんです。

 

そこで出会ったのが、認知症の人たちでした。

 

ある日、病棟で高齢の男性から「俺のターボの調子が悪い。なんとかしてくれ」と声をかけられました。一瞬、「なんのこと?」と思ったんですが、その男性は認知症で、車いすに抑制帯を付けて座らされていて、車いすは廊下の手すりに紐で 縛り付けられていました。聞けば男性は昔、自動車の整備工だったそうで、自分が自由に動けないことを「車のターボの調子が悪いから進めないんだ」と思って伝えてきていたんですね。私はスルスルっと紐をほどきました。

 

すると、すぐに看護師長に呼ばれました。「なんてことするの!」と。「別に動いてもいいんじゃないですか?」と私は答えました。ペーペーの職員が何を言っているのか、という感じですね。今度は総看護師長に呼ばれ、翌日、私は異動になりました。

 

異動先は、ちょうど立ち上げ間近だった在宅介護支援センターでした。私はそこで在宅介護の奥深さを知り、「自分が求めていたのはこれだ!」「病院の中を変えるのは無理。在宅分野で精いっぱいやりたい」と思いました。

 

「自分がやりたいことを選べるデイサービス」をつくる

―その後、町田市在宅福祉サービス公社(現社会福祉法人町田市福祉サービス協会)に転職したんですね。

 

病院の在宅介護支援センターで働いて半年ぐらいしたとき、またも偶然に、公社から「うちで働かないか」と声がかかったんです。

 

公社では、50年間お風呂に入っていない息子と、高齢の父親の2人暮らしというケースや、認知症だけでなく精神疾患やアルコール依存を持つ人にも出会いました。またヘルパーステーションもあり、私はヘルパー2級を修了し、休んだヘルパーなどの代行で訪問介護もしたりしました。

 

でも、ヘルパーの仕事は私には向きませんでした。家事援助の仕事が多かったのですが、訪問先で掃除をしている最中に花瓶を落として割ったりしてしまって。「料理を作ってくれ」「煮物や煮魚を作って」と頼まれてもできない。「じゃあ何ができるの?」と訪問先で聞かれ、「カップラーメンを作るぐらいなら」と答えたら、「じゃあそれでいいよ」と。で、そのお宅に積んであったカップラーメンにお湯を注いで出して、ヘルパーステーションに帰ってきて、その日のうちに私は、異動願いを出しました。

 

―またまた異動ですね。

 

はい。でも、今度はいままでの異動と違い、初めて自分から希望した異動でした。

 

異動した先は「おりづる苑」というデイサービスで、当時までは市の宅老所のモデルのような存在でした。でも、職員はお年寄りたちに対して「立ったら危ない」と常に座らせていた。外に出かけても座らせている。2階に行くにも、自分で階段を登れる人までがエレベーターで移動させられていた。それに対して私が異議を唱えたら、ベテランスタッフたちは抵抗しました。「私たちはこれで良しとされてきた」「経験もない人が何を言っているのよ」と。

 

でも、自宅に帰れば玄関とかに2~3段の階段がある人もいるし、階段の多い団地住まいの人もいる。自分で上り下りできなくなると大変でしょう? 歩ける人が座らされているのもおかしい。何もやらないほうがリスクじゃないのか。私も頑固だから負けませんでした。私が辞めるか、ベテランスタッフが辞めるかという感じになり、やがてベテランスタッフたちが辞めていった。でも、その後に新しいスタッフが入ってきて、志を同じくする人たちと出会うことになりました。

 

―新しい流れができたということですね。

 

デイサービスをつくり直したい、と私は思いました。デイサービスというと、レクリエーションではぬり絵や折り紙をやるというイメージが強い。ぬり絵や折り紙が好きな人はいいけれど、みんながそうしたことをやりたいと思っているわけではありません。全員が同じことをやるというのが、私には気持ち悪く思えました。私がおりづる苑に来て1年くらい経ってから、「自分がやりたいことを選べるデイサービス」というのをコンセプトにすることにしました。

 

ある日、「温泉に行きたい」と言うおばあちゃんがデイサービスにいました。「じゃあ、湯河原に日帰りで温泉に出かけよう」とその日の朝に決めて、デイサービスのみんなで出かけました。その日の給食の炊飯ジャーも車に積み込んで、途中のサービスエリアでテーブルを占拠してみんなで昼食をとりました。本部の上司には当然、事後承諾です(笑)。でも、デイサービスのみんなは喜んでいました。この出来事は伝説となりました。

 

若年認知症の人の就労支援を行う。デイサービス「おりづる工務店」を設立

―「自分がやりたいことを選べるデイサービス」をつくるというなかで、前田さんは、2006年には若年認知症の人を対象に就労支援を行う「おりづる工務店」を創設しました。また、当事者とともに厚生労働省に掛け合い、65歳以下の人が介護保険サービス利用中のボランティア活動で謝礼を得ることも実現しました。この経緯についても教えていただけますか。

 

ある日、50代の若年性認知症の男性が「おりづる苑」にやって来たんです。その男性は車いすを利用する必要もない、元気にバリバリ動ける人で、「働きたい」と口にしました。その希望をどう形にするか。最初は、法人が所有する空き家を掃除してもらったり、デイサービスの焼き芋に使う薪を、もう切ってあるけどそれをさらに小さく切ってもらったりと、わざわざ仕事をつくってやってもらいました。でも男性は、「こんな仕事、やりたくない」と言う。そりゃそうです。

 

今度は、私が交流のあった町田市内の保育園の園長に、何か仕事がないかを聞いてみました。すると園長を通じて、保育園のプールを掃除する仕事が入ってきました。それが、若年認知症の人の就労支援を行うデイサービス「おりづる工務店」の始まりです。

 

そのうち、「やった仕事に対して対価がほしい」という声が聞こえてきました。でも当時は、「介護給付を使いながら、給料を得るということが果たして可能なのか」とか、「認知症の人が働けるわけがないだろう」とまで言われた。これは大元から変えないといけないと思い、当事者と一緒に厚生労働省に出かけて声を届けたり、団体等のバックアップも受けて話し合いを行ったりしてきました。「本人の思いを実現するために、介護保険サービスを利用しながら給料を得ることを認めてもいいではないか。だれも損はしないのだから」。そう訴えました。

 

でも厚生労働省は、「どういう形態の賃金に該当するのか」「雇用契約をしっかり結んでもらわないと」などと難色を示していた。粘り強く交渉を続けた結果、厚生労働省は2011年4月15日付けの通知で、「受け取る金額は、最低賃金を超えない額とする」「『賃金』『給与』ではなく『謝礼』という扱いとする」などを条件に、65歳以下の介護保険サービス利用者がボランティア活動で謝礼を得ることを認めました。

※おりづる工務店スタートのきっかけとなった、保育園のプール清掃

 

「NPO法人町田市つながりの開」を立ち上げ。「DAYS BLG!」を開設

―ですが、その厚労省通知が出る1ヵ月前には、前田さんは協会を退職なさっていたんですよね。

 

当時、私は居宅介護支援事業所の管理者に異動という話が出ていたんです。でも、私は居宅の仕事にはあまり興味がなく、おりづる工務店のような活動がしたかった。協会を辞めて、認知症の人のサポートに取り組んでいる木之下徹医師(現のぞみメモリークリニック院長=東京都三鷹市)のもとで、「NPO法人認知症当事者の会」の立ち上げ準備に携わりました。

 

認知症の人に関することは、認知症である本人の声を聞いたうえで議論しなければいけないはずです。でも、世の中ではそれが行われていない。認知症の人は入院すると拘束され、元気な人でも動けなくなってしまう。肺炎で熱を出して、お風呂から出られずに町田市民病院に搬送された人が、認知症であることがわかると受け入れを断られるということもありました。「認知症でも安心して暮らせるまちづくり」をうたっている市で、市民病院が市民の受け入れを拒むなんて、言っていることと実態がかけ離れている。認知症でも本当に安心して暮らせるまちにするにはどうすればいいか。それを話し合うため、「つながりの開(当時は任意団体)」にはいろいろな人にも声をかけて集まってもらいました。市役所の職員や、医師、議員なども含め50人くらいが集まりましたが、どなたにも自分の肩書きは置いてもらい、あくまでも「一市民」として参加してもらいました。

 

また、2カ月に1回、認知症本人と家族介護者交流会も開催して、そこで出た要望を関係機関等にも伝えていきました。

 

デイサービスの概念も変えたいと思いました。「おりづる工務店のようなデイサービスをつくりたい」。そう私が言ったら、みんなは「言い出しっぺがやれ」と。そこで、有志と一緒に2012年に「NPO法人町田市つながりの開」を立ち上げ、同じ年の8月にデイサービス「DAYS BLG!」を開設したのです。

 

<つづく>

※おりづる工務店時代から一緒に働く石渡さんと。頼れるスタッフにも恵まれている。

 

<事業所プロフィール>

NPO町田市つながりの開「DAYS BLG!」
http://ninchisyounoyoake.blog.so-net.ne.jp/
https://ja-jp.facebook.com/DAYSBLG

ここではふつうのデイサービスのようにレクリエーションや体操などの決まったメニューは設けていない。何をするかはメンバー一人ひとりが自由に決める。「本人主体」を徹底的に貫く。認知症になっても仕事がしたいと多くの人は考えている。DAYS BLG! では、その就労支援も行い、メンバーは玉ねぎの皮むき、自動車販売店での洗車、ちらしのポスティングなどを通じて謝礼も得ている。金額はわずかだが、「社会に役立てた」「社会につながっている」ことを実感することが大切だ。「介護されるだけの存在から再び社会の一員として」の想いを実現することがコンセプトだ。

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