【寄稿】キャリアパス要件III取得時の就業規則変更について

投稿日:2017年4月3日 更新日:

平成29年(2017年)4月より新設された処遇改善加算I(月額37,000円相当)。新加算を算定する上で、多くの経営者様が悩まれているのは「キャリアパス要件3」の昇給の判定方法をどのように設定するかではないでしょうか? 本記事は介護業界の労務に強い、社会保険労務士法人ベスト・パートナーズの米田先生に執筆いただきました。専門家のアドバイスをもとに、自社の就業規則についてのヒントを得ていただければと思います。

はじめに

 私は仕事を通じて数多くの介護事業所と接しておりますが、最も多く直面するのが、キャリアパスが全く機能していない実態です。新たにご契約いただいたお客様にはいつも就業規則とキャリアパスを見せてもらうのですが、中にはキャリアパスが今どこにあるのか分からない! なんていう事業所もあったり、キャリアパスは存在するが全く実状に合っていないキャリアパスが出てきたりと驚くべく実態が現実にあります。介護職員処遇改善加算を取る為だけにキャリアパスを作成した事業所がまだまだ多いのではないでしょうか。

 キャリアパスは、文字通りキャリアを歩んでいくための道しるべであり、職員への周知によりそれは契約内容になります。キャリアパスの中身を良く理解していないという事は、実現不可能な雇用契約書を訳も分からず取り交わすようなものであり、雇用条件でもあるキャリアパスが、実態に合わないという事は極めて高い労務リスクが内在することになります。

 そんな中、厚生労働省老健局から3月9日に平成29年度介護職員処遇改善加算の概要が発表され、新設加算を取れば現状の報酬を月額平均1万円相当上乗せすることとされました。毎度のことながら3月の年度末のまさにギリギリのタイミングでの発表となりました。更に提出期限は2年前の平成27年度の改定と同じ4月15日となりました。およそ1か月弱の間に制度を作って就業規則にも反映させそして運用可能なものを作らなければなりません。

 この原稿は3月17日に書いておりますので、掲載される頃には提出された会社さんは、さぞかし悩まれた事ではないでしょうか。中には「とりあえず出してみた」なんて事業所さんも有るのではないでしょうか? そのような事業所はこれから運用可能な物へ軌道修正が必須となります。

出典:第132回社会保障審議会介護給付費分科会資料

サービス区分に応じて処遇改善加算について考察

1.訪問介護事業所

 さて、今回の報酬改定で新設されたキャリアパス要件IIIのどの要件を導入するかについては、事業のサービス区分に応じて向き不向きが有るように思います。特養や有料老人ホームを代表とする施設系事業所のような施設長から課長、主任のようにライン組織を確立しやすい事業においては、基本給を経験、資格、評価に応じて一定の昇給の仕組みを定めることはそれほど難しくはありません。これは企業経営理論に基づく特に組織論におけるライン組織が一般企業とほとんど変わることなく形成されるからです。しかし、訪問介護事業所においては前述のライン組織を形成することが難しく、ほとんどが俗に「なべぶた式」とも言われる学校組織に多い形ができます。校長の下に教頭がいて後は横一線という形式です。(図参照)

 訪問介護事業所においてもトップが社長でその下にサービス提供責任者、後は全員が横一線という組織図になります。(図参照)

【なべぶた式ライン組織】

 ※校長と教頭だけが飛び出ていて、他は横並びという形状が、鍋のふたに似ていることから俗になべぶた式と言われます。

 登録ヘルパーさんが大半の訪問介護事業所においては、サービスに応じて報酬単価が決まっている以上時給単価に差を設けることが難しいという事になります。そこでキャリアパス要件IIIをどのように訪問介護事業所で取得していくかですが、3月16日発表の「介護報酬改定に関するQ&A」で昇給の方法については、「基本給による賃金改善が望ましいが、基本給、手当、賞与等を問わない。」と回答が出ています。つまり時給とは別に各種手当又は賞与での配分でも構わないわけです。訪問介護事業所においてはサービスに応じて時給単価を設定している基本給を変動させることなく、手当を経験、資格、評価に応じて昇給できるシステムを作れば新設加算を取得することができると考えます。

 では賞与で昇給システムを作ればいいのではないか? と考えがちですが、社会保険労務士の立場としては賞与額を昇給させるシステムはお勧めできません。なぜなら賞与というものは就業規則等に明確な規定がなければ支払い義務の無い賃金であるからです。賞与とは利益の配分であり、利益が上がれば当然配分できる原資が生まれ職員に還元できますが、この先の介護報酬財源の頭打ちを考えれば介護報酬のアップ改定も考えにくく、財源の確保は更に難しくなります。にもかかわらず賞与で昇給システムを確立してしまうと、これが就業規則等による明確な規定となり、財源確保の予測不可能な賞与が明確に賃金として労働基準法の規制を受けることとなります。これは絶対に避けるべきです。

 また昇給の仕組みとして(1)経験(2)資格(3)評価のどれを選択すべきか迷うところではありますが、訪問介護事業所においてはサービスが各利用者宅で行われるため、客観的に業務レベルの評価を行うことが困難です。よって(1)経験と(2)資格のいずれか又は併せ技で昇給要件を定められるべきと考えます。

2.デイサービス(通所介護事業所)

 次にデイサービスについて考えます。前述のとおり訪問介護事業においては基本給の昇給制度は難しいと述べましたが、デイサービスにおいては基本給における昇給制度の導入は十分検討できると考えます。訪問介護事業所よりも組織の形態は、施設系ラインとコンパクトであるもののそれほど変わりはなく、また同じ建屋内で業務を行うことから業務レベルをいつでもチェックできるので、昇給システムを導入することは難しくない作業であると考えます。また一定の組織論が形成できるデイサービスにおいては、人事評価により昇給システムを導入することが職員のモチベーションアップの為にもお勧めであると考えます。職員がモチベーションを上げる為には、いかに裁量権を与えそれに伴う達成感を感じさせながらしっかりと適正評価で応えていく事だと考えます。

 であれば今回のキャリアパス要件IIIの導入は今までほとんどの介護事業所において行われてこなかった人事評価というものを、世間一般の企業レベルに押し上げる良い機会になると思われますし、業務レベルを客観的に評価しやすいデイサービスにおいてはそれが可能であると考えます。私の知る限りで、離職率の低い事業所は先んじてそれができており効果は、はっきりとしています。

 しかし昇給の仕組みとして(1)経験(2)資格(3)評価の内、(3)評価制度を導入することは、今まで経験の無い事業所においては容易な事ではありません。制度はもちろんの事、評価基準を明確にしたうえで評価者を訓練していかなくてはなりません。評価は客観的でなければならず評価者によって評価点数にバラつきがあっては成り立ちませんから特に小規模デイサービスにおいてはいかに評価者を訓練するかが課題となります。

 しかしこれを打開する方策が1つあります。それは、政府も一押しの「キャリア段位制度」の活用です。特に介護職員処遇改善加算制度は、将来において「キャリア段位制度」との融合も取りざたされていますので、今から「キャリア段位制度」を積極的に取り入れることは流れに取り残されない為にも重要です。ここではキャリア段位制度の詳細には触れませんが、運用の鍵となるのがアセッサーと呼ばれる評価者の資格です。

 アセッサーには、介護福祉士と一定の実務経験を有する人が、毎年行われる試験に合格することにより取得が出来ます。受験費用も18,500円とそれほど高くなく「eラーニング」での自宅学習から1日の集合講習を受講し、確認テストで合格点に達すれば合格できます。アセッサー試験の主な内容は人事評価についての心得です。試験を受けることにより人事評価とは「何ぞや」の知識をマスターでき更に自社内で評価者として選任すれば、アセッサー試験で得た知識を存分に発揮してくれる事でしょう。一石二鳥とは正にこのことです。

 今回の制度導入に合わせてアセッサーも積極的に獲得していけば、デイサービスにおいては基本給を毎年の評価により昇給させ、職員のパフォーマンスを上げるきっかけにしていただきたいと考えます。

運用の注意点

 3月9日の厚生労働省老健局の発表について注意しなければならないのが、介護職員処遇改善加算が明確に監査の対象であると明記されている事です。特に訪問介護事業所においては新設加算(I)を取れば13.7%の加算率を得ることができますので毎月相当な報酬が加算部分として入ってくることになります。もしも運用方法がずさんであれば、実地指導や監査で指摘され、場合によっては行政から多額の返金命令が下されることも予想されます。

 運用の最重要ポイントは周知です。加算(I)を取られた事業所は、平成29年度介護職員処遇改善計画書、キャリアパス、研修計画、今回の昇給制度についての就業規則の根拠規定部分の全てを全介護職員に周知しなければなりません。監査等で指摘されても大丈夫なように回覧などで全職員から確認サインを取っておき証拠を残しておくことが望ましいと考えます。

キャリアパスの見直し

 冒頭で述べたように事業所の実態に即したキャリアパスになっているか、実現可能な研修計画になっているか等々、今回の改定に合わせてしっかりと制度を見直さなければなりません。前述の通り行政の指導強化が容易に想定できるからです。

 今まで「絵に描いた餅」でしかなかったキャリアパスが存在する事業所においては、実情に合わせたキャリアパスの見直しは急務です。見直しのポイントとして大事なことは、誰にでも理解できる簡単な制度にするという事です。人事評価制度においては、人事コンサルタントと称するような方々が理解不能のまるで難解なパズルのような制度を良く作られます。膨大な時間と費用をかけて実際現場に導入しても、結局評価する側、評価される側の両方がその難解なパズルの意味を理解できず運用ができないという実状を私は数多く見てきました。

 介護事業所でキャリアパス制度を作るのであれば、介護職員が一目でわかる1枚ものであるべきと考えます。何十ページにも及ぶような制度は作っても無駄であると考えます。任用要件等の基準も自社の言葉に合わせて自社のニーズに合ったものを採用することが何より重要です。背伸びをして難しい言葉で埋めようとする必要は全くありません。

最後に

 2025年に向けて、介護事業所は更に弱肉強食の時代に突き進みます。職員は慢性的に不足し、採用活動も超売り手市場の中他社と少しでも差別化を図って行っていかなければなりません。求職者が最も重視する賃金面においては介護職員処遇改善加算を取っているか取っていないかにより最大で競業他社と平均37,000円の賃金格差が生じることになります。これではまともな採用活動は不可能であり介護事業を行っていく以上は今回の新設加算を取っていくことは必要不可欠となります。しかし今後は処遇改善加算を含め更に監査等も厳しくなり日々の業務管理が非常に重要なウェイトを占めるようになっていきます。最近ではサービス提供記録の不整備で営業停止になる事例も頻発しています。

 タブレット等を活用して時間コストを極力かけずにうまく運用されている事業所さんもいれば、未だ何でも手書きのアナログ方式に頼り結果、残業代として人件費コストをかけておられる事業所とが2極化しているように見受けられます。「必要な経費」は必ず無駄な経費を削減してくれ、更には業務効率も上げてくれます。

 カイポケシステムの導入や有能な社会保険労務士への依頼こそが「必要な経費」であり業務効率の飛躍的アップにつながることは「論を俟たない。」と言い切れます。

当記事は、
社会保険労務士法人ベスト・パートナーズ
執行役員 米田憲司 氏
より寄稿いただきました。

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