科学技術は人間を幸せにする〜人とテクノロジーが支え合う社会の実現をー1


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全身の筋肉が動かなくなる進行性の難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんや家族と出逢って17年が経ちました。「生きること」を考えさせる病気……難病治療や支援に長年尽力している独立行政法人国立病院機構新潟病院の中島孝先生はALSをこう表現しています。

その中島先生とALSの患者さん、家族、そして歩行が困難と思われている難病や脳卒中の患者さんなどを対象とした、治療機器ロボットスーツ「HAL」を開発したサイバーダイン株式会社CEOで筑波大学サイバニクス研究センター・センター長の山海嘉之先生が共同で研究している「新しい難病治療」に関する報告会で目の当たりにした「科学の進歩と人間の可能性」が新しい扉を開く瞬間を2回にわけてご紹介します。

どんな状況でも果たすべき役割がある……

母のように言語障がいや半身麻痺という重い障がいを抱えながら末期がんになったり、進行性の難病で寝たきりとなり意思疎通もままならない状況になったら……「こんな状態で生きていても仕方がない」と思ってしまうかもしれません。

ですが、自力では歩けず言葉も不自由で寝たきりの状態、しかも余命もあとわずかだと分かっていたと思いますが、母は最後まで笑顔を絶やさずに訪問看護師さんや私たち家族に拙い言葉で「感謝だわ」と言ってくれていました。

どんな状況であろうとも、心地良い日差しが部屋を照らす光景にささやかな喜びを感じ、他者や、生きている、そのこと自体に感謝できる気持ちを忘れないでいることはできる……。そして周囲の人に“気づきや学びを与えてくれる存在”という大切な役割を最期まで果たすことができると、母が教えてくれました。

「死」を自ら選択しなければならない過酷な病気……

そして母と同じくらい大切な人生の師がいます。気がつけば長い付き合いになりますが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という、脳や末梢神経からの命令を筋肉に伝える運動神経細胞が侵される病気の患者さんたちです。意思や感覚ははっきりしているにも関わらず、徐々に全身の筋肉を動かすことができなくなり、呼吸や意思疎通も難しい状態になる進行性の難病です。

現在、日本国内には9,000人を超える患者さんがいると言われていますが、人工呼吸器による呼吸の補助や胃ろうによる栄養管理といった医療的サポート、そして家族や周囲の人の支援により、在宅で生活することが可能になっています。

ただし人工呼吸器をつけると痰の吸引など24時間の介護が必要となるため、家族の負担などを考えて患者さんの約7割が人工呼吸器をつけない決断をしています。病状が過酷なだけでなく、「呼吸器をつけない」つまり「死」を自分自身で選択しなければならない病気なのです。

そんなALSの患者さんたちと出逢ったのは、アナウンス部から報道局に異動し、厚生労働省担当の記者をしていた2000年始めのこと。患者さんや家族が、それまで家族にしか認められていなかった在宅での痰の吸引をヘルパーにも認めて欲しいと活動をしていました。痰の吸引は医療行為なので、医師、看護師、保健師そして指導を受けた家族にしか許されていませんでした。

ヘルパーが痰の吸引をできるようになれば家族の負担を軽減することができます。お互いのことを想うがために呼吸器をつけない選択を迫られていたALSの患者さんと家族が「生きるため」の闘いをしていた姿は今も鮮明に目に焼き付いています。

時の厚生労働大臣が要望を受け入れ、ALSに限って認められることになり、そして時間はかかりましたが約10年後に、介護職員による痰の吸引が法律上も認められました。

心の在り方が「絶望」を「希望」に変えていく……

今回はこの時のことにはこれ以上詳しくは触れませんが、当事者の声が国を動かす瞬間を初めて目の当たりにした非常に貴重な取材でした。母の死から1年が経った頃で、「生きる意味」を深く考えていた時期とも重なっていました。

がんやALSなどの難病になったことが不幸なのではなく、「こんな状態で……」と思ってしまうことが不幸なことであり、まだ選択肢や支援があるにも関わらず、必要な人に必要なケアが行き届いていないために生きることを諦めてしまうことが哀しいと強く感じました。私の使命は選択肢や支援があることを広く知ってもらうことだと改めて意識した出来事でした。

在宅医療や終末期医療も同じです。「医療ができることはわずかしかない」と在宅医療に真摯に向き合う医師は正直に話してくれますが、これは何もできないから諦めるという意味ではありません。たとえ病気を治すことができなくても、医療・介護の専門職による様々なケアや支援が行なわれるようになってきました。最期まで生き切ることを目指す患者さんと家族を支え見守ってくれる人たちがいます。そのことを知って欲しい……「絶望」を「希望」変えていくのは、ひとりひとりの心の在り方なのだと思います。

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