貧しくても幸せな国から学びたい―――キューバ調査を終えて

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この夏、キューバの医療・介護事情を視察した筆者は、アメリカと歴史的和解をしながらも、今もなお続く経済危機のなかで、人々が毎日の暮らしを楽しみ、誇りを持って生きている姿に接し、感銘を受ける。そんな状況下でも医療、特にプライマリ・ケアは世界に冠たるものであることに注目。世界中に4万人も医師を派遣し、貢献し続ける姿を描いている。

貧しいキューバで世界に冠たるものが医療であり、プライマリ・ケア

7月末から8月にかけての一週間、キューバの医療・介護事情の調査をした。その最終日、首都・ハバナ市のホテルでのライブで聞いた、80歳にもなろうかという腰の曲がった女性シンガーの強烈なリズムと踊りが、今も耳に残る。

キューバの医療や介護だけでなく、人々の明るさと生きざまに感じ入ったことが多々あった。それを以下に報告したい。

キューバは貧しい。日本の本州の半分程度の国土に人口1,121万人がいる。日本のほぼ10分の1の人口規模だが、国民所得は日本よりはるかに低い。一部を除き建物も道路も街も古い。ハバナ市には地下鉄や電車が見当たらない。タクシー代わりに自転車で客を運ぶ人力車が今も走り、1960年代のクラシックカーがあちこちで目についた。

「古い車を愛好しているわけではなく、(貧乏だから)買いたくとも買えないんです」と通訳のスサーナさん(元・ハバナ大学日本語科教授)が解説してくれた。

しかし、世界に冠たるものがキューバにいくつかある。その一つが医療だろう。

キューバの医療を担う中心は家庭医である。

1959年のキューバ革命後、プライマリ・ケア(第一次医療=身近にあって、何でも相談に乗ってくれる総合的な医療)が重視され、それを地域で担う家庭医制度を進めてきた。

ハバナ市南西部の住宅街の一角にある5階建てアパートの1階にあるメルセデス・ペニアスさんという40代の女医が勤める診療所を訪ねた。看護師が一人、ガランとした診療所には机とぎっしり詰まった患者のカルテ、それ以外には血圧測定器がある程度で、レントゲンなどの医療器具はほとんどない。

患者のカルテには、本人の健康状態や生活歴、家族の情報もぎっしり書き込まれているが、パソコンはまだ普及していない。

家庭医の役割は診察だけでなく、予防や保健活動も

メルセデス・ペニアス医師は、この地域の120世帯を担当、基本的には予約制で、主に触診と問診により診察を進める。さらなる検査や診断が必要な場合は、ポリクリニコという家庭医を束ねる診療所に行く。ここには検査機器もそろい、専門医や歯科医もいる。さらにその上には地域の病院があるという三層構造からなる。

家庭医の役割は診察だけでなく、予防や保健活動も担い、電話での相談も受ける。

彼女の住まいは同じアパート上の5階にある。休みはあるが、緊急時には対応する。

キューバにはペニアス医師のような家庭医が3万8,000人おり、住民は地元の家庭医に登録する。相当ハードな勤務だが、家庭医の給料平均は日本円に換算すると月7,000円程度、それでもキューバの労働者の平均の3倍という。

プライマリ・ケアの重視により地域住民の保健予防に取り組んできた結果、キューバの平均寿命は着実に伸び続け78.4歳(キューバ高齢者研究センター調べ)と先進国並みに近づいた。乳幼児死亡率も先進国並み、一時増えたエイズもほぼ沈静化した。

60歳以上が人口の18.5%を占め、高齢化は進む。高齢者の介護はこれまで家族介護中心だったが、キューバの場合、農村部を中心に地域の結びつきが残り、デイケアサービスが増えつつある。ハバナ市の旧市街地の一角にある高齢者向けのリハビリセンターも訪れたが、個別のリハビリのメニューをこなしながら、その一角で高齢者は歌や踊り、ドミノと呼ばれるキューバ特有のトランプゲームを楽しんでいた。ここでの治療や食事は、医療と同じくすべて無料である。

国の経済危機は今も続くが、世界に4万人近くもの医師を派遣し貢献する

オバマ大統領が今年3月にキューバを訪問、アメリカとキューバとの歴史的な和解ともいわれたが、アメリカによる経済封鎖は今も続き、経済状態は好転していない。それどころか、1990年代はじめにソ連邦が崩壊して深刻な経済危機に陥った当時と同じような経済危機が近づきつつあるという声も聞いた。

にもかかわらずハバナ市内を歩くと街角のあちこちでライブが開かれ、歌や踊りを楽しんでいた。

昔成功したミュージシャンたちが、高齢者になって再びバンドを結成しよみがえるドキュメンタリー映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」(1999年制作)を思い出した。今夏オリンピックを開催したブラジルも含め、中南米の国々の治安は決して良くない。しかしキューバにはそうした治安の悪さは少しも感じられなかった。

キューバは世界に4万人近くの医師を中南米だけでなくアフリカなど医療が乏しい国々に派遣し、それらの国々から感謝されているという。長年築かれたキューバのプライマリ・ケアの水準の高さに加え、モラルの高さも評価されているようだ。

その源泉は、貧しくとも、日々の生活を楽しみ、誇りをもって生きているキューバという国の強さそのものではないか、と感じさせられた。

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