訪問介護の窃盗疑惑対策 ~「ヘルパーが盗んだ!」と言われたら~

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 訪問介護では、ご利用者のお金や貴重品等が紛失し、担当ヘルパーが疑われる等「盗った、盗られた」の問題が起きがちです。認知症のご利用者であれば、実は物盗られ妄想による濡れ衣事件ということもあり、慎重な判断が必要となります。事業所としてはどのような点に気をつけ、対策を講じるべきでしょうか。

まずは先手で契約時に説明を

 本コラムで繰り返しお伝えするように、何事も先回りして問題を予防しようとする「先手」の姿勢が大切です。今回の窃盗という問題に関しては、先手で何ができるでしょうか?考えてみてください。
 「ヘルパーを教育し、窃盗は犯罪であることを叩き込む!」…それは確かにそうですね。ただ余りに社会人として当然すぎる内容であり、登録ヘルパーは犯罪予備軍でも無いでしょうから、いちいちそのような社会の常識を教えるまでも無いと思います。
 正解は、「万が一にも窃盗をする気が起きない環境をつくる」です。人間は弱い生き物ですから、自分しかいない部屋で目の前に札束があれば、「一枚くらい抜いても分からない」という悪魔の囁きに負け、つい手を出してしまうかもしれません。部屋の中をそのような危険な環境にしないよう、例えば契約時にご利用者にお願いするのです。

 こんなご利用者はいないでしょうか。お金の管理がルーズで、所構わず一万円札を裸で置いている。年金の入った封筒が机の上に出しっぱなし。或いは、通帳や印鑑の隠し場所をしょっちゅう変えるので、自分でもどこに仕舞ったか分からなくなる…ご高齢で、認知症ともなれば致し方ないところもあるのですが、一人暮らしであればそれこそ悪い輩に盗まれる危険があり、見てみぬ振りはできません。お一人で、かつ財産管理ができそうもない場合は成年後見制度を申し立てたり、市区町村の実施する地域権利事業に繋げることが解決策として考えられますが、もしご家族がいたり、お一人でも判断力がある程度ある方であれば、次のようにサービス開始前にお伝えする様にすると良いでしょう。

契約段階でのご利用者への説明の仕方

 「訪問介護は、ご利用者様一人ひとりのプライベートな空間にどうしても立ち入らざるを得ないお仕事です。生活援助で、お掃除等させて頂くと、ご自身にとって都合のいいものの配置や重ね方などが変えられてしまい、勝手が違ってしまうこともあるかもしれません。ですから、ヘルパーが掃除などをするときに「これは注意してほしい」という点が御座いましたら、何でも事前にお伝え頂ければと思います。全てに対処しきれるかは分かりませんが、できる限り配慮させて頂きます。
 それと同時に、例えば現金や宝石類など、貴重品は厳重に決められた場所に保管頂き、紛失や盗難の疑いが生じない様な環境づくりに、ご協力をお願い致します。勿論うちのヘルパーが盗みを働くということは御座いませんが、後から「もしかして」と思えてしまう様な状況ですと、お互いに嫌な思いをすることにもなりかねませんので、貴重品の管理だけはご自身でしっかりと行って頂きたいと思います。宜しいでしょうか。」

 「君子は瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」という故事成語があります。瓜(うり)畑で、わざわざしゃがんで履き物を直すようなことをすれば瓜を盗んでいると疑われるし、李(すもも)の木の下で冠をかぶり直せば、これを盗んでいると疑われてもおかしくない。だから賢い人はそのような紛らわしいことはしないという意味です。「人に疑いをかけられるような言動は慎むべき」とも言い換えられます。
 訪問介護の現場は、正に瓜畑、李の果樹園といえるかもしれません。金品以外にも、トイレットペーパーや洗剤等、少しずつちょろまかそうと思えばできてしまうもので溢れています。そのような環境を、少しでも間違いの起きないものとすべく、せめて現金の管理だけはしっかりして頂く様協力を求めることが重要であると考えます。勿論、ちゃんと隠し場所を決めて管理できているご家庭は何も問題ないのですが…


 

 前回は、訪問介護における窃盗疑惑の予防方法をお伝えしました。では実際に窃盗事件が起きた場合、事業所としてどう対応すべきでしょうか。

利用者を信じるか、ヘルパーを信じるか。それが問題だ

 ご利用者が「ヘルパーに年金を抜かれた!」等と訴えられたとして、そのヘルパーを派遣する立場にある事業所は何をすればよいでしょうか。リアクションとして次の選択肢が考えられます。

A「無防備なご利用者から盗むなんてけしからん!警察に突き出してやる!」と息巻いてヘルパーを拘束する
B「うちのヘルパーに限ってそんなことするはずがありません!」と逆上しご利用者に食ってかかる
C「ちょっと詳しい事情が分からないので、当人に聞いてみます…」とその場は収め、担当ヘルパーを呼び出し話を聞く

 いかがでしょうか。内心はBかもしれませんが、圧倒的多数の方はCを選ばれると思います。
 もし、「被害者の訴え」という限られた一方的な情報だけでAやBといった極論に走ってしまう人がいたら要注意です。Aの場合は逆にヘルパーから「私はやっていない。決めつけるなんて名誉毀損だ」等と反撃され、Bの態度を取ればそのご利用者は保険者に「とんでもない事業者がいる」と通報することでしょう。

 問題はヘルパーから事情を聴いたその先です。

 疑惑をかけられたヘルパーが、もし本当に盗みを働いたとして、正直に「実は……」と打ち明けてくれれば話は早いですね。今からでも遅くはないので、ご利用者のお宅に謝罪に行きましょう。

 なおその場合、論理上は窃盗罪が成立している以上刑事手続に則り刑罰が課されなければならないこととなりますが、現実の世界では必ずしも全ての事件を裁判まで行い処理するとは限りません。

 窃盗のような「れっきとした被害者」が存在するケース(存在しないケースには、覚醒剤使用等があります)では、被害弁償が何よりも重視され、金銭で弁償し被害者が「許す」といえばそれで終わりとなることが多いといえます。犯行の悪質性や被害額、繰り返されているか等も影響しますが、要するに被害者がどう思っているかが重要なのです。

 ですから、どんなケースでも慌てて「まずは警察に!」と駆け込まなければならないということでもないのです。
 まずは被害者を訪ね誠心誠意、全力で謝罪し、弁償金を受け取って頂きましょう。但しその際、どんなに願っていても「どうか警察だけはご勘弁ください。」等と自分から懇願してはいけません。結局は保身で謝っていることが分かってしまい、大抵の場合逆効果になります(ちなみに、たとえ被害者であっても「100万円払わなければ警察に通報するぞ」等、通報しないことと引き換えに金品を強要することは恐喝罪に該当する可能性があります)。

 話が進めば、自然と「警察に届けるか否か」という話になるでしょうから、そのときもし利用者が何も言わなければ「罪を犯したことは事実ですので、警察にも申し出ます。」と意思表明すれば良いのです。流石にこちらから「警察には行きません」とはコンプライアンス上言えませんからね。
 もっとも、もし被害者が弁償金を受け取っていれば、仮に許すと意思表明していないとしても、警察も再犯などよほどの事情がない限りそのヘルパーを逮捕することはないものと思われます。安心して警察に届けるためにも、まずは被害弁償を済ませておくという発想です。

刑事と平行して民事責任も

 先ほど、刑事手続はスルーされる可能性があると書きましたが、当然のことですが民事上の責任は免れるものではありません。民事責任は、ほぼ被害額の弁償とイコールといえます。
 「ほぼ」というのは、理屈上は、「絶対に許せないから、精神的ショックを受けた分慰謝料を請求してやる」という人もいるだろうという意味です。ただし、日本の裁判所はそう簡単に慰謝料を認定しない傾向があるので、純粋な窃盗事件で裁判でも要求が認められるかは難しいところです。

 では、例えばヘルパーがご利用者宅から20万円を盗んだとして、「謝罪に行ったはいいが、盗んだお金は既に全部使ってしまった」としたら、雇用主である法人が被害額を肩代わりしなければならないのでしょうか?
 答えは、残念ながらイエスです。雇用主は、被用者が第三者に与えた損害を使用者として弁償する義務があるのです。これを使用者責任といいます。
 民法の条文(第715条)には、「但し、使用者が監督を怠らなかったといえる場合には免責される」とあるのですが、この免責が認められることは実務上まずありません。ヘルパーのやったことは全部、雇い主の責任となるのです。
 もちろん、「使ってしまったので払えません」で済まされる話でもありません。ご利用者に弁償した後、法人はそのヘルパーに対し肩代わりした分を返すよう要求する(これを「求償」といいます)ことができます。ただ、使用者責任が問われるケースで、内部関係では使用者が被用者に常に全額を請求できるかというと、実はそこがグレーなのです。窃盗の場合は100パーセント被用者の責任と言いやすいのですが、交通事故など過失による事件となると、分担割合を話し合って決めなければなりません。
 長くなりましたので、次回はヘルパーが「私はやっていない」という場合を解説します。


 

 訪問介護における窃盗事件の事後対応シリーズ。前回は、ヘルパーが犯行を認めたという前提で、刑事と民事の手続について解説しました。では容疑をかけられたヘルパーが「私はやっていない」という場合、法人としてはどうすべきでしょうか。実務的にはこのパターンが最も多いと思われますが、対応も一番難しいところです。

決定的な証拠が無く、真偽不明な場合

 ご利用者・ご家族が部屋に隠しカメラを仕掛け、盗みをはたらく決定的瞬間を録画でもしていれば、法人としても判断は容易であり、基本的には警察の捜査結果を待つことになります。
 しかし現実にはそのようなことは少なく、一方当事者からみれば「ご利用者が盗まれたと言い張っているだけ」と言い得る場合の方が多いことでしょう。そのような場合、法人としては選択肢C(「ちょっと詳しい事情が分からないので、当人に聞いてみます……」とその場は収め、担当ヘルパーを呼び出し話を聞く)が妥当と前回書きました。そこでヘルパーが次のような反応をしたら、どうでしょうか。

 「ひどい、心外です! 確かにそのとき部屋には私しかいませんでしたが、神に誓って私は盗んでなどいません。あのご利用者は認知症で、普段から周囲の人を誰かれ構わず悪者に仕立て上げていました。今回も絶対物盗られ妄想です。いい迷惑です。我慢ならないので、むしろ名誉毀損で訴えたい位です! ……もしかして、会社も私のことを疑うのですか?」

 上司の立場としては、困りましたね。「もちろん仲間であるヘルパーのことを信じたいが、万が一ということも考えられる……もし後になって犯行が発覚したら、犯人を匿ったということになりまずいのではないか?」複雑な思いが渦巻きます。
 そこで、こんなときに知っておくと良い法律の定理をご紹介します。それが「疑わしきは被告人の利益に」という大原則です。

疑わしきは被告人の利益に

 「疑わしきは罰せず」ともいいますが、日本の刑事手続のあらゆる場面で適用される原則です。
 刑事裁判では、検察官が被告人(犯罪をしたと疑われ逮捕された人)の罪を法廷で立証する仕組となっていますが、検察側が立証責任を負い、「疑わしい」というレベルでは裁判官は罪を認定できず、ほぼ間違いなくやった(合理的疑いを差し挟む余地がない)という心証が得られてはじめて刑罰を科すことができるという理論をいいます。
 もし、「はっきりしないけれど、疑わしいから犯罪をしたことにしよう」と認定できてしまうと、冤罪(無実の罪を着せられること)ばかりになってしまいます。罪を疑われた人の人権を守るために、このように敢えて偏ったスタンスを採っているのです。

 そしてこの理論は、警察や検察官だけでなく、民間でも等しく通用します。本件でも、窃盗をしたかどうかはまず利用者側(厳密にいえば、利用者から刑事告訴等を受けた捜査機関)に立証責任があり、たとえ被害者であっても「お前は疑わしいから、やっていない証拠を出せ」等と迫ることができません。
 また、当たり前ですがヘルパーの上司は飽くまで上司に過ぎず、警察のような捜査権限はありませんから、間違っても本人がやったという前提で「お願いだから、本当のことを話してよ」「そんなことを言うけど、本当はあなたがやったんじゃないの」等と発言してはいけません。さらにトラブルの火を煽ることになります。

法人はどう動くべき?

 捜査権限がない以上、法人としては何もできないということになりそうですが、一方で本当に何もしなければ利用者側は思い詰めて警察に駆け込み、ヘルパーはヘルパーで「会社が守ってくれない」と不満を持つことでしょう。これでは現実にうまくいかないため、筆者としては法人が中立公正な観点から本件を検証し、被害者=利用者側の主張につき、最低限「合理的疑い」を差し挟む余地がないかを調べることをお薦めします。といっても大げさなことではなく、やることは通常の介護事故トラブル後の対応方法(事故原因等の調査)と変わりません。
 問題とされている日の、利用者宅でのヘルパーの行動を一から振り返り、時系列順に整理する等し、例えば「常識的に考えて、この短い時間内に盗むことは不可能だ」といった「穴」を見つけ出す作業をイメージしてください。
 冒頭のヘルパーの発言に対しては、次のように説明すると良いでしょう。
 「あなたの主張は分かりました。法人としてはもちろん仲間であるあなたを信用していますし、法律上も「疑わしきは罰せず」の理論が適用されますから、ご利用者側でほぼ間違いなくあなたがやったということを証明しない限りあなたが刑罰に問われることもありません。そのことを踏まえた上で、ご利用者ご家族に納得頂くためにもう一度当日のことを振り返って検証してみましょう」

名誉毀損に問うことは可能?

 では、ヘルパーが言っていた「むしろ名誉毀損で訴えたい位です!」という部分はどう考えれば良いでしょうか。
 いわゆる名誉毀損には、犯罪としての名誉毀損罪と、民事上の不法行為としての名誉毀損行為がありますが、理屈上はどちらについても主張することは可能です。ただし裁判所で認められるハードルは相当高く、現実的ではないといえるでしょう。上司としては、「そう思うあなたの気持ちはよく分かる。どう行動するかはあなたの自由だから、一度弁護士のところに相談に行ってもいいと思う」等とアドバイスするに留めておくのが無難でしょう。弁護士としては、本件のようなケースで名誉毀損が成立することはまず考えがたいとアドバイスするはずです。

利用者への対応の仕方

 一通り調べた結果、説得的な説明ができるのであればご利用者側に整然と説明します。もし「やっていない」ことを示す確たる論拠がない場合でも、「疑わしきは被告人の利益に」なりますから、「調べた結果、こういうことが分かった。しかしこれらの事実だけで、当該ヘルパーが本当に盗んだとは言い切れないと思う」と告げれば良いのです。 
 それでも利用者が納得しない場合は、法人としてすることも最早無いため、警察に駆け込む等好きに行動してもらう他ありません。ただし、関係機関に根も葉もない噂や苦情等を繰り返す様であれば、流石に先程の名誉毀損が成立しうる状況に近づいていきます。場合によっては、弁護士を立て「あなたの行為は名誉毀損に当たります。直ちに中止してください」と警告することも検討する必要が出てくるものといえます。

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