物損事例にみる、損害賠償の仕組みの基本と対処法(その3)

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ご利用者とのトラブル対策講座の第三回です。前回はご家族から補修代を求められた場合の対応につき、賠償義務認定のプロセスと実際の対処法をご説明しました。今回は、実際にご家族と向き合った際はどう話をもって行けばいいのか? 謝罪と賠償はどのような関係にあるのか? といったテーマを扱います。

「謝罪」には三段階ある

図をご覧ください。これは私がリスクマネジメント講習で必ずお示しする「謝罪の構造」図ですが、一口に「謝罪」といっても、実はその中身は三段階に分かれています。ポイントは真ん中の言葉「道義的謝罪」です。

 

順に説明しますと、まず三段階のレベル1、英語で言うとSorryに当たる言葉、これを「部分謝罪」といいます。接遇のセミナー等で取り上げられるテクニックですね。

 

I`m sorry.というのは、実は「ごめんなさい」では無くて飽くまで「遺憾の意」の表明でしかないのです。この辺り欧米の人は用心だなと改めて感じさせますが、部分謝罪もこれに近い発想です。

 

本件でいえば、「壁紙を破損したことそのもの」の責任の有無には言及せず、この事象自体を発端としてご利用者側に「ご迷惑をかけたこと、不快な思いをさせたこと」等、飽くまで周辺事情について謝罪するという意味合いです。

 

道義的謝罪と法的責任

次のレベル2が「道義的謝罪」ですが、これは「賠償問題は別として、問題とされている事態につき道義的な責任を率直に認め謝罪する」という、賠償までは至らないものの謝るというスタンスです。道義的とは、言い換えれば純粋に申し訳ないと思う素朴な後悔、反省、悔しさが入り混じった謝罪と表現できますが、通常私たちが日常生活で他人に何か謝るという場面で抱いている思いがこれに当たります。逆にいえば、「ごめんなさい」と言うときに内心「賠償責任も負います」と覚悟して発言している、ということは稀ですよね。

 

具体的な言い回しは、極論どんな言葉でも構いません。言い方に注意を払うのではなく、ただ純粋に自分の心から現れた謝罪の気持ちを表現すれば良いのです。それはきっと相手にも伝わるでしょうし、もし伝わらなかったとしても自分自身が納得できることでしょう。

 

そして、最後の第三段階が「法的責任」=お金で弁償するという意味合いでの謝罪となります。問題は、例えば「申し訳ございません」といった通常の謝罪の文言が、英語と違い段階別で使い分けられておらず、発する側と受ける側とでずれが生じやすい、という点です。

 

例えばご利用者側から、「謝罪するということは、責任を認めた、弁償するということではないのですか?」等と問われた場合はどう説明すれば良いでしょうか。以下にフレーズをまとめてみました。

 

「言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、先ほどは飽くまで道義的な謝罪という意味で謝罪させて頂きました。私どもの至らなさのせいでご不快な思いをさせてしまったことについては、心から申し訳なく思い、反省しております。ですが、そのような道義的な意味での謝罪と、法的責任の所在は、飽くまで別問題であると理解しております」

 

考えてみれば、「謝る=即、賠償責任」という理屈であれば、誰も謝れなくなってしまいますね。実際に訴訟大国アメリカ等では、人々の間にそうした意識が浸透し過ぎ、却ってトラブルが悪化するという問題が起きました。その反省を踏まえ、州によっては「Sorry Law」、謝っても法的責任には直結しないということをわざわざ確認する法律もできたそうです。

 

道義的謝罪の言い回し?

ところで、理屈の上ではレベル2=道義的謝罪であればどんな言い回しでも構わないとはいえ、「私どもの責任です」と断言することについては問題は無いのでしょうか。

 

これはあくまで「道義的」責任ということになりますが、通常は省略して「責任」とだけ言いますから、聞く側としてはやはり「わざわざ責任というからには、お金も出してくれるのだろう」と誤解しかねないかと思われます。ですから、筆者としてはこの言い回しは慎重に使うべきと考えます。

 

場合によってはここまで言わなければ場が収まらないケースもあるでしょうから「責任という言葉自体を封印せよ」とまでは言いません。

 

ですがやはり、この言葉については慎重に、たとえば「本件を重く受け止め、責任を感じています」「私共に相応の責任があるものと思います」などと、間接的な言い回しの中で用いる方が無難といえるでしょう。

 

本件では、例えば「この度は私どものヘルパーの至らなさにより、壁紙を傷つけてしまい大変申し訳ございませんでした。もう少し配慮していればこのような残念な結果には至らなかったものと思い、深く反省しております。ただ、申し訳ないのですが今回の補償費の件になりますと、必ずしもご意向に沿いきれないこともございます。具体的には7万円をご提示頂いていましたが、こうした補償の是非や程度については法律の考え方にあてはめ判断されますところ、本件では当方としましては2万円を上下としてお支払させて頂きたいと考えております」といった言い回しが自然といえるでしょう。

 

その上で、相手方と結論において折り合えないのであれば、無理にこちらが譲歩する必要もありません。謝罪の思いは最大限伝えますが、合理的な理由・根拠なく妥協しないことが大切です。

 

あらゆる場面で使えるメソッド

以上、三回にわたるトラブル解決講座でしたが、如何でしたでしょうか。今回は壁紙という、比較的軽微な損害を扱うものでしたが、基本的に法律の考え方は全てにおいて共通しており、ご利用者の転倒・骨折等の事故であっても通用します。ですから困った事が起きたときは、この考え方に照らし落ち着いて冷静に対処して頂ければと思います。本稿が皆さまのお役に立てば幸いです。

 

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