井上信太郎さん(こころのひろば代表取締役)Vol.3 挫折体験を最大限に活かした介護事業への道

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地域の人が本当に必要な支援とは何か、自分に何ができるのか…と模索し続けた井上信太郎さんの想いを実現するための第一歩は、訪問介護。妻と母、友人と一緒に4人で始めた小さな事業所でしたが、赤字経営を乗り切り、現在では居宅介護支援や訪問介護のほか、小規模多機能型居宅介護やグループホームなども運営しています。15年目の想いを伺いました。

伴走型のケアマネジメントを

利用者が可能な限り、自宅で自立した日常生活を送ることができるようにするための支援として誕生した介護保険制度。さまざまなサービスがありますが、井上信太郎さんが始めたのは訪問介護と居宅介護支援です。

 

「利用者のニーズは多岐にわたり、すべてに応えようと思うと介護保険だけでは限界があります。その人のためによかれと思っても、コンプライアンスを守らなければならず、それを超えた支援は当然行えません。ヘルパーが『できること』『できないこと』の線引きをきちんとすることは、利用者さんにとっても、うちのスタッフにとっても大事なことです。

 

その要望に対応することが正しいのか、間違っているのか。判断に迷うようなこともありますが、そのあたりはクールに考えないと、クレームや事故などのトラブルにつながるだけです。

 

コンプライアンスを守りながら、思いやりのあるきめ細かなサービスを提供するために重要なのはマニュアルではなく、しっかりとした理念と信念を持ち、全員がそれを共有すること。マニュアルが悪いという意味ではないのですが、僕はつくっていません」

 

そもそも、介護や福祉の仕事は、本人満足度だけではない仕事だと井上さんは言います。

 

「生活を支えることは必ずしも満足と比例するわけではない。大事なことは、施設への入所リスクをどれだけ取り除けるか、少しでも在宅での今の生活を永らえるためには、どのような支援が必要か、ということです。

 

人生はマラソンみたいなものです。利用者がランナーで、僕らが伴走者だとしたら、ランナーがものすごくつらいと思っているときに、ちゃんと伴走できているかどうかが大事ですよね。日々、歩み続けている本人にとって、時に困難なこともあれば、つらいこともある。その時々に僕らの声が届く、また手が届く範囲に僕らがいる。そんな伴走型のケアマネジメントでなければいけないと思っています。

 

第一、満足は結果論であり、真の満足というのは、最期を迎える瞬間、いい人生だったと思えるかどうか、だと思っています。まぁ、かなり生意気な言い方ですけどね(笑)」

 

人生を生き切るための「生活支援」をめざして

介護業界には、上げ膳据え膳で至れり尽くせり、その時の心地良さを重視したホテル並みのサービスを謳い文句にしている事業所もありますが、井上さんは「それは生活支援サービスではない」と言い切ります。

 

「生きている、生活しているという意識や自覚を持って生活している人を支えることが僕らの仕事だと思っていますから。体が思うように動かなくなったり、誰かに助けてもらわないと物事ができなくなったりすれば、誰だって意気消沈するでしょうが、僕らが手助けすることで失われかけた意欲を取り戻し、その人なりにできること、やりたいことができるようになってほしいと思っています。

 

限られた人生の中で、よりよい生活を継続していただくためには、その人にとって適切なサービスをケアマネがしっかりコーディネイトする必要があります。
ときには本人に『ご自分でできることは、なるべくやりましょう』と伝えることもあります。『何でそんなことを言われなきゃいけないんだ』と怒られることも当然ありますけれど、それを恐れて何も提案しないというのは職務怠慢だと思いますね」

 

単に喜びや楽しみだけを追求するようなサービスはしないという井上さんのポリシーは、小規模多機能型居宅介護(以下、小規模多機能)にも反映されています。

 

井上さんが運営する小規模多機能「福わ家(ふくわうち)」が他の事業所と違うのは、日課表がないことです。レクリエーションなどの予定を曜日ごとに組んでいません。

 

「そうはいっても、たとえば今度、公園に行こうとか、皆でやりたいと思うことを予定に組むことはありますよ。ただ、その時々の状況に応じてプラスの予定変更ができるようにすることが大事なので、状況が変わったら違うプランをサッと提案する。顔ぶれを見て『ちょっと出かけてみようか』と言うこともある。職員の得手不得手も含め、そのときにできることを提案し、利用者さんが『それなら行こう!』という気持ちになれるような事業運営を心がけています。

でも、『どのような状態の人でも、この街に生活し続けることを応援する』という理念で進んでいたので、断るという発想はもてませんでした」

 

予定が崩れることに怯えを感じる人もいるようですが、予定に引っ張られてはいけないと思っています。来るはずだった職員、あるいは利用者さんが休んだり、天気が悪くなったりすることもあります。そのメンバーでなければ、できないこともありますから」

※2010年12月 福わ家利用者と日帰り旅行

 

迫り来る超高齢社会で気がかりなこと

 

2000年にスタートした介護保険制度は、3年に1度、見直しが行われます。2015年度からは介護報酬が引き下げられ、9年ぶりのマイナス改定となりました。

マイナスになった分を処遇改善加算や諸加算で補うことで、職員に払う賃金をなんとか維持できるように配慮されていますが、諸加算の要件を満たし、無駄な経費を見直して、経営をどう安定化していくか、経営者としてのセンスが、さらに問われるようになりました。

 

経営の効率化といっても介護事業にかかる費用の大半を占める人件費を削減してしまっては、ただでさえ人手不足なので、離職する人が増え、事業所は成り立たなくなってしまいます。

 

苦肉の策として、食事の質を落としてコスト削減をしたり、サービスの効率化を徹底したりして利益を確保しようとすると、今度は結果としてサービスの質の低下を招く恐れがあります。もともと利益追求型の事業所は自然淘汰されていく可能性がありますが、それまで利用者一人ひとりに心のこもったサービスを提供している優良な事業所が、現状のサービスを保持できるのかという指摘もあります。

 

とくに井上さんが心配しているのは、小規模多機能の存在です。

 

知名度は低いものの小規模多機能は、「通い(デイサービス)」を中心に、必要に応じて「訪問(訪問介護)」「泊まり(ショートステイ)」を臨機応変に提供でき、要介護度の中度から重度の人やその家族が療養生活を続ける上で不可欠な存在です。

 

「通い、訪問、泊まりを臨機応変に対応できる事業所が少ないのに、小規模多機能を廃業するところが出てくるのではないか、人材の確保が難しくなり保守的なサービス体系になるのではないか、より良いサービスを提供するというプラスの発想ができなくなるのではないか、そんな心配をしています。このネガティブな雰囲気をどうやってぶち壊そうか、そんなことばかり考えています(笑)。

 

生活を度外視して、その人に介護保険サービスをどう当てはめようかと採算に終始しているのであれば、この商売は金にならないからやめるという発想になるだけです。そうではなく、『小規模多機能というサービスツールを使って、目の前にいる人をどう支えたいですか』という経営感覚が必要です。

 

これまで多店舗展開はせず、一貫して地域に根ざして『うちは終末期まで支えられますよ』というスタイルでやってきたことが、それなりの回転率を確保でき、利益を生んだのだと思います。自分の信念は間違っていなかった――そう思えることが励みになります。

 

今もっとも興味があるというか、懸念していることが1つだけあるんです。

 

明治や大正生まれ、戦争経験者とは異なる文化を持つ団塊の世代が80歳を過ぎるころ、価値観や生活スタイルは今とはまったく違うものになっていると思います。10年、20年先、今とは違う文化になるとしたら、今後、今の介護がそのまま通用するとは思えない。柔軟に対応していこうと思いますけれど、どうなってしまうのだろうか…。

 

今言えることは1つだけ。ブレずに進もう!ですかね(笑)」

 

すべての団塊の世代が75歳以上になるのは2025年。10年後の井上さんは、果たしてどんなことを語るのか、チャンスがあればもう1度、話を聞いてみたいと思います。

※2事務所にてスタッフと打ち合わせ

 

心のひろば(東京都青梅市)
http://www.kokohiro.jp/

たとえ介護が必要になっても利用者の方が「自分らしく」生きることができるように、住み慣れたまちで、生き生きと暮らせるようにサポートしていきたい、と、地域に根ざした介護サービスを提供することに徹底的にこだわり続けてきた。
事業所のある青梅は井上氏の出身地でもあり、愛着も深い。グループホームや小規模多機能を拠点に地域の人たちとの交流を続けてきた。
訪問介護・居宅介護支援・福祉用具販売・レンタル・住宅改修・グループホーム・小規模多機能型居宅介護と、地域のニーズに合わせて事業を展開している。

 

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