物損事例にみる、損害賠償の仕組みの基本と対処法(その2)


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前回、「在宅サービス中、ご利用者宅の壁紙を傷つけてしまった」という事例を元に法的責任追及のメカニズムについてご説明しました。参考までに事例を再掲します。

在宅での物損事例

在宅介護での物損事例:
訪問介護員のAさんが、ご利用者Bさん(78歳、中度認知症)の車椅子をご自宅内で押していたところ、グリップの角を壁にこすりつけ、壁紙が一部(1センチ程)傷つき剥がれてしまった。同居人の娘さんが帰宅し、壁の傷に気付きAさんに説明を求めた。

 

これまでの復習になりますが、ご利用者側から事業所等に損害賠償を請求する場合、「①誰が「請求権者」になるか」「②誰に対し請求するか」というステップで検討するというものでした。では本件において「娘さんが、Bさんの代わりに」「訪問介護事業所である法人に対し」壁の補修代を求めてこられたとして、現実にはどのように対処すればよいでしょうか。今回は「請求が認められるか否か」という中身の考え方をご紹介しましょう。

 

これが「損害賠償の公式」だ

一般に損害賠償請求が通る(正当な要求として認められる)か否かは、次の公式に当てはめて判断されます。これは物損、人損(ご利用者の転倒・骨折等)含め全て共通です。

単純にいえば、裁判所をはじめとする弁護士、損害保険会社等の関係者は、皆この図の①から④までを順番に検討して判断します。ですから理論上は、この公式の使い方をマスターすることで、現場職員の方でも裁判官と同じ判断を下すことが可能なのです。

 

①から④のどれか一つでも欠ければ賠償額はゼロ、請求は認められないこととなり、非常にシビアに、ドライに割り切っていくのが特徴です。

①は「事実」、損害発生の原因となる事実が認められるか否か。

②は「結果」、損害の具体的中身が認められるか否か。

③は「因果関係」、①の事実と②の結果との間に、「その事実があったからこの結果に結びついた」といえるか否か。

④は「過失」、①から③の要素が認められるとして、全体をみてその損害を引き起こした当事者(加害者)に「落ち度」があったといえるか否かを判断します。

 

(評価)とありますが、最終的に判断するのは裁判官の仕事であり、当事者の評価が立場によって食い違うのは当然ですね。

 

なお、各要素が真実として認められるか否かは、全て「証拠」、当時のやり取りの記録や関係者の証言等、あらゆるものが検討の対象となり総合的に判断されます。本件では、基本的にはAさんの証言が中心となるためできるだけ詳しく聞き取る必要がありますが、実際に剥がれた壁紙や車椅子の写真を撮影しておくことも効果的です。

 

本件を当てはめる

それでは、これらの要素に本件を当てはめてみましょう。

 

まず①「事実」は「ヘルパーのAさんが、Bさんの車椅子をご自宅内で押していたところ、グリップの角を壁にこすりつけた」ですね。この行為があったことは間違いなさそうです。

 

次に②「結果」は、「壁紙が一部(1センチ程)傷つき剥がれてしまった」という損害になります。これをもと通りに直すには補修代が必要となるため、損害として認められるといえそうです。

 

③「因果関係」については、元々この傷があったのであれば別ですが、特に壁に傷も見当たらなかったという場合、①の事実により②の結果が生じたといえそうです。逆に考えると、もし「壁紙が元々ぼろぼろで、ヘルパーが車椅子等をぶつけたことにより新たに傷ができたかどうかは不明である」といった場合には、「因果関係が認められない」、或いは「そもそも壁紙自体に財産的価値がなく、損害自体が認められない」という結論になりやすい、といえるのです。

 

④「過失」については、なぜ「グリップの角を壁にこすりつけ」てしまったのか、その経緯をできるだけ詳しくヘルパーのAさんから聞き出す必要があります。例えばAさんが、「特に理由は無いがぼーっとしていて接触に気付かなかった」、或いは「外出の準備が間に合わず慌てて車椅子を急旋回させてしまった」といった落ち度と思われるエピソードを話してくれたら、それは「過失」があったと認められるということになります。一方、「ご利用者の指図でこの方法を要求され、仕方なく従った」といった、やむを得ないといえる事情があれば、「Aさんに過失はなかった」と言いやすくなるということですね。

 

主要な争点は「過失」の有無

本件の様に事故の瞬間を目撃、或いは直接体験したケースでは、①から③のレベルで問題になることはあまりありません。大抵のケースでは、やはり④「過失」があったと評価できるか否かが主要な争点となる訳です。

 

今までの説明でお気づきかもしれませんが、この①から④、特に④については、「着眼点と話の構成次第でどちらの結論にも導くことができる」という特徴があります。だからこそ、弁護士は自分の依頼者のために少しでも有利となる要素を拾い出し、裁判官にその正しさをアピールし合うのです。

 

もっとも現実には、本件の様な軽微なケースでいちいち弁護士に相談することもありませんし、事業所としてはご家族と揉めたくもありませんから「法的にみて責任があるのであれば、適正な額をお支払いしてさっさと解決したい」と思われることと思います。ただ、ご家族の提示額が数万円など、「流石に高額過ぎるのでは…」と躊躇することもあることでしょう。例えば本件で、法人として2万円まではお支払いできるが、ご家族は7万円を請求してきたという場合、ご家族にどう説明すれば良いでしょうか。

 

この場合、一案として「過失の程度」を調整することでこちらの提案する額を根拠づけることが考えられます。すなわち、ここが重要なのですが、④の「過失」は必ずしも「100か0か」、白黒はっきり分かれるものではありません。「諸々考えると、確かにヘルパーの落ち度と言い得るけど、60パーセント位といえるかな」等とグラデーションを付けることができるのです。

 

その最終結論を出せるのは裁判官しかいないということになりますが、裏を返せば裁判に至るまでは飽くまで当事者間の交渉の世界ですから、両者が納得すればそれで良いのです。表現は悪いですが、こちら側の支払限度額から逆算し、理屈を後付けする中で過失割合を勝手に認定するイメージですね。

 

勿論ご利用者側が「そんなの認めない」と突っぱねれば何の強制力もありませんが、全く手がかりが無い状態から、ある程度筋を通し当方の見解を論理的に伝える方法としては有効です。

 

本件では、次の様な説明が考えられます。

 

「今回壁紙の修理代が7万円かかるということは、頂いたお見積書から了解致しました。もっとも、ヘルパーのAが車椅子をこすりつけてしまった経緯については、特に当時Aの方法に落ち度があったとは認められないこと、元々廊下が狭く車椅子の旋回が難しかったこと、また損害につきましても1センチ程でしかなく比較的軽微と言い得ることから、当方は2万円を上限として賠償責任を負うものと考えます。」

 

ただし、これは飽くまで理屈の部分であって、実際にご家族と向き合った際は当然「謝罪」から入りますね。では、謝罪と賠償はどのような関係にあるのか?謝ってしまったら責任を認めたことにならないのか?といった問題については、また次号で解説します。お楽しみに。

 

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