貴方も“つむぐひと”の一人・・・


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「人は失ってから大切なものに気づく」と言いますが、私が自分の介護体験を語り続けるのは、悲しい体験をする前に“大切なもの”に気づいて欲しいという想いがあるからです。1990年代はまだ介護が語れる時代ではありませんでしたが、時代は変わり介護体験者や当事者が声を上げられるようになりました。そして最近は介護や認知症をテーマにした映画が数多く作られています。“気づく”きっかけが身近に今は沢山ありますが、きょうはそんな気づきのひとつになる映画をご紹介したいと思います。

「誰の助けもいらない」“剛生”は明日の貴方かも・・・

3月19日(土)公開された映画「つむぐもの」です。先日、監督犬童一利さんと主演の石倉三郎さんとトークショーでご一緒し映画に込めた想いを伺うことができました。

※石倉さん、品川区長・濱野さん、犬童さんと。3月に行われた品川区の試写会&トークショーにて

この映画の舞台は“越前和紙の里”福井県越前市。妻に先立たれ1人暮らしをする頑固で不器用な和紙職人・剛生(石倉三郎さん)と韓国から和紙作りを学ぶために来日したのに、脳腫瘍になった剛生の介護をすることになったヨナ(キム・コッピさん)の物語。言葉も世代も全く違う二人は果たしてお互いに理解し合うことが出来るのか・・・。

 

「誰の助けもいらない」病気の影響で片麻痺になった剛生は一人で暮らすのも難しい状況に関わらず、始めは周囲の心配もヨナの存在さえ拒絶するような態度を取ります。そんな石倉さん演じる「剛生」は日本の社会の中に沢山いるのではと思います。

 

現在69歳。まもなく70歳になりますがとてもお元気な石倉さんに剛生を演じての感想を伺うと、「自分で何も出来なくなるということはとても辛く情けない。生きていても仕方がないと諦めの想いが強くなる」「出来れば介護される側ではなく介護する側になりたい」と素直な想いを口にされていました。

(C)2016 「つむぐもの」製作委員会

犬童監督もこの映画を製作するまでは介護は身近ではなかったそうです。介護の仕事は素晴らしいという映画にはしたくないと考え、実際に介護現場で仕事を体験し“理想”と“現実”をしっかりと描くように心がけたと話します。

 

お互いに言葉が分からない剛生とヨナ。言葉に頼らずに相手の言うことを理解することは本当に難しい作業で根気と努力が必要になります。言語障害を抱えていた母とのコミュニケーションも同じでした。わずかな単語を頼りに母は「今何を考え、何を思っているのか」謎解きをするように想像力を働かせて私達家族は“心の会話”を重ねていきました。

 

介護する側される側ではなく“ひとりの人間”として

介護の専門家ではないヨナはマニュアルやルールには縛られません。2人で街中に散歩に出ても必要以上に手を貸しません。でもそれでいいんだと思います。私も厳しい娘でした。右半身麻痺だった母が杖を使って、人の2倍も3倍も時間をかけてゆっくり歩くのを辛抱強く見守った日々を思い出しました。

 

剛生の家の近くにある介護施設を訪れたヨナは無表情の認知症の女性を見て「毎日、つまらないって」と本音を見抜く。その施設で働く若い介護職の涼香は「ご利用者様のことを一番に考えて」と一生懸命に働いていますが、その想いはどこか空回りしています。

 

剛生の生き甲斐が和紙作りであることを知り、なんとか元気になるようにヨナなりに工夫をしていきます。「その人らしく生きるとは」という命題をヨナは自然に、そしていとも簡単に紐解いていくのです。剛生の介護を楽しいと言うヨナに嫉妬する涼香・・・。

(C)2016 「つむぐもの」製作委員会

ヨナと涼香。2人の剛生への向き合い方から日本の介護の現場で当たり前のように行われている「過剰介護」「管理介護」の問題が浮かび上がってきます。病院では“患者”、施設では“利用者”と当たり前に呼びますが、この呼び方に私はずっと違和感を持っています。監督の犬童さんも同じで、涼香が口にする“ご利用者さま”という言葉にはこだわったそうです。

 

かつて“患者さま”を連呼する病院がありましたが、丁寧な言葉を使うことイコール相手を思いやることではありません。石倉さんも子供をあやすような言葉をお年寄りに使うのは違和感があると言っていましたが、映画の中でヨナが韓国語を理解しない剛生に向かって笑顔で「分かりました。くそじじい」というシーンがあります。介護をする側も感情を持つ普通の人間ですので、頭にきたり落ち込んだりすることもあるはず。

 

患者や利用者である前に、そして介護する側される側ではなくお互いに「ひとりの人間」であることを絶対に忘れてはなりませんし、介護は自己満足でやる一方向の仕事ではなく、「人」と「人」が支え合い、お互いを思い遣る共同作業なんだと感じました。

“思い出は生きた証”歩んで来た人生に寄り添うこと

ある夜、トイレが間に合わなかった剛生。ヨナに介助してもらいながらお風呂に入る剛生は妻と息子のことを思い出します。「昔話するようになったらもうお終いやな」とつぶやく剛生に「昔話するのは悪くない。思い出は生きた証」と剛生の背中に語り掛けるヨナ。切ないシーンではありますが、一番心に残る場面です。

 

和紙作り一筋、人生の全てを賭けて生きてきた剛生。妻も失い和紙作りも出来ない・・・「この年になって何も出来ん」大きな喪失感を感じている剛生の姿は明日の貴方かもしれません。芸歴50年で初主演の石倉三郎さんも普段は豪快なイメージですが、この作品では「老い」と「死」という大きなテーマを背負い、寡黙で不器用な“剛生”を見事に演じていました。

 

人は一人で生きられない生き物。誰かに支えられ、そして支え合って生きていることをヨナと過ごす日々の中で剛生は実感していきます。心が変化していく様子が剛生のつぶやきから伝わってきます。和紙作りへの想い、家族への想い、そしてヨナへの想い・・・

(C)2016 「つむぐもの」製作委員会

変化するのは剛生だけではありません。韓国では投げやりに生きていたヨナも剛生と出逢ったことで自分の人生を見つめ直し、新たな一歩を踏み出します。

 

過酷な介護現場で働く涼香も「介護とは?」の本質に立ち返る機会を得ました。介護とは・・・最期のその時までその人らしく人生を悔いなく生きられるように支えること。「介護福祉士は国家資格です」涼香のこのセリフ。映画の中に2度出てきますが、1度目と2度目では明らかに、彼女の意識が変化しているのが分かります。

 

介護は人が人を支える究極の“つむぐ仕事


(C)2016 「つむぐもの」製作委員会

映画のタイトルにもなっていますが私も“つむぐ”という言葉を大切にしています。細い糸を縒り合わせて一本の生糸などにすることを紡ぐと言いますが、想いも言葉にしなければ相手に伝わりません。1人ひとりの想いを言葉にして伝えていくこと、言葉で想いをつむいでいくことが私の役目です。

 

人生の終末期に寄り添う介護は「最期までどう生きるか」を人生の先輩から学ぶ貴重な機会です。その学びや気づきを次の世代に伝えていく役目も介護職は実は担っているのです。介護は単なるお世話ではありません。人が人を支えるという究極のつむぐ仕事です。

写真のポーズは映画の中にも出てくる友好のサイン“ゆびKISS”

「人が人を支える」という当たり前のことの大切さに気づかせてくれる犬童一利監督の映画「つむぐもの」は3月19日(土)から有楽町スバル座より全国順次ロードショーです。是非、劇場でご覧ください。

 

「つむぐもの」

公式HP:http://www.tsumugumono.com/

 

3月19日(土)より、有楽町スバル座ほか全国順次ロードショー

出演:石倉三郎、キム・コッピ、吉岡里帆、森永悠希、宇野祥平、内田慈、日野陽仁

主題歌:「月の砂漠」城 南海(ポニーキャニオン)

監督:犬童一利

脚本:守口悠介

企画・製作統括:梅田一宏

エグゼクティブプロデューサー:吉田ときお、前田紘孝

プロデューサー:前信介

「つむぐもの」製作委員会:プリンシパル、丹南ケーブルテレビ、ソウルエイジ

制作プロダクション:ソウルエイジ

配給・宣伝:マジックアワー

 

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