認知症JR賠償請求最高裁判決が問う超高齢社会の『介護』のかたち

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愛知県大府市で2007年、徘徊中に列車にはねられ死亡した認知症の男性(91歳)の家族にJRが損害賠償を求めた裁判で、今年3月1日に出された最高裁判決は超高齢社会を迎えた日本の社会のあり方を改めて問いかける判決だったように思える。

介護家族の賠償責任を求めた1審・2審の高裁判決。だが、見守りながら介護する家族の労苦はやった者でしかわからない

いうまでもないが、日本の社会は今、人類が経験したことがない高齢社会の最中にある。経験したことがないというのは、想定しなかったような、あるいは想定していてもなかなか解決しきれない課題や問題が出てくるということでもある。

 

1審、2審の高裁の判決は介護家族の賠償責任を認めた。同居していた家族の責任を問うのはこれまでの法理上からすると、無理からぬ判断ではあったろう。しかし、認知症の高齢者を抱える在宅介護の現実は、そうしたこれまでの法理の常識ではなかなか通用しないものがある。

徘徊するからといって、家の中だけで閉じ込めておくわけにはいかない。なにより認知症本人にとっても外出もしたい。いろんな人と話をし、生活を楽しみたい。それを見守りながら介護する家族の労苦は、やったものでないとわからない。

 

「施設から在宅へ」の流れの中で在宅で介護する家族の負担もそれだけ増え続けている

日本で2000年に始まった公的介護保険はスタート時から、その役割が過大に受け止められた面があった。その6年前の1994年に介護保険が始まったドイツでは、介護認定を要介護度3以上の重度者だけを対象とし、介護保険の役割を「部分保険」と限定した。

 

日本では「介護の社会化」を掲げて、妻や嫁ら女性にしわ寄せされてきた家族による「介護地獄」がようやく軽減される、との思いを多くの人々に抱かせた面がある。確かに介護保険によって、家族介護が軽減されたのはまぎれもない。ただ確実に家族が担う役割も残された。しかも平均寿命が延び続けた結果、認知症高齢者の伸びも調査するたびに増え続けてきた。厚生労働省の推計によると、認知症高齢者は現在540万人、それが2025年には700万人に膨れ上がる。

数の増え方だけではなく、「施設から在宅へ」という流れの中で在宅で介護する家族の負担もそれだけ増え続けることになる。

 

今回の裁判での1、2審の判決をみると、そうした時代の大きな変化、その中で認知症高齢者を介護する家族の労苦をきちんと見た判決とは思えない。だからこそ、家族に損害賠償を認めた1、2審判決後「認知症高齢者の家族介護の実情を理解していない」と介護にあたる家族や専門職から強い反発が起きたのは当然だった。

 

「介護家族に賠償責任はない」とした最高裁判決は評価できるが、では車の運転や火災による事故などはどう補償するのか?

その意味で「介護家族に損害賠償責任はない」とした今回の最高裁判決は評価したい。しかし、二つの大きな問題が残された。

 

一つは認知症高齢者の在宅介護の場合、徘徊だけではなく車の運転による事故や火災などの行動は防ぎようがない場合も起こり得る。そのとき起きた事故による補償をどうするのか。

最高裁判決では「個別の事情による」とし監督義務を負うかどうかについて、監督する人の生活や心身の状況、親族関係の有無や濃淡など6項目を挙げたが、それでもなお賠償責任の線引きは不明確だ。

 

そのための解決策として、民間の個人特約の賠償責任保険の補償内容を見直し、そうした事故にも対応できる特約保険を普及させる、という考え方である。この場合も、掛け金も個人の責任となり、保険料等の負担は増える。堤修三・元厚生労働省老健局長は「介護保険の地域支援事業の中で、財源を捻出し、こうした事故の賠償責任を負うことにしてはどうか」と提案する。「介護の社会化」という考えからすると、家族ではなく国や地域が賠償責任も負うようにするという意味でうなずける考えではある。

 

こうした点からの制度の充実を早急に進める必要がある。

 

さらに、家族による介護には限界があり、地域で取り組まねばならないケアの責任をどうするか?

最高裁判決が問うもう一つの課題は、社会で、地域で取り組まねばならないケアの責任である。

 

今回のケースからも明らかなように、在宅で認知症高齢者を抱える家族による介護は限界がある。公的介護保険はそれを露呈した。だからこそ、介護だけではなく医療、福祉、住まいの問題も含めた行政と住民による支えあいのネットワークを作り上げていく地域包括ケアの構築が進められている。認知症になっても本人も家族も安心して暮らせるまちづくりを進めていくことこそが、迂遠なようではあるが、着実にそれぞれの地域で進めていかねばならない道筋である。

 

今回の最高裁判決は、それを示してくれたものと受け止めたい。

 

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