井上信太郎さん(こころのひろば代表取締役)Vol.1 挫折体験を最大限に生かした介護事業への道


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介護職をめざすきっかけは、「ありがとう」の言葉

介護福祉士は、社会福祉士及び介護福祉士法(1987年5月26日制定、2007年12月5日改正)により定められた介護・福祉分野の国家資格。1988(昭和63)年に設置された介護福祉士養成施設は、2年制の専門学校が大半でした。

 

この当時、高校3年生で、進学するよりも、漠然とIT関係に就職しようと考えていたという井上さん。介護という世界に初めて触れたのは、母親がボランティアをしている特別養護老人ホーム(特養)の見学に行ったときでした。

 

「何が何だか、よくわからなかったのですが、施設にいるおじいちゃんやおばあちゃんたちが、『ありがとう、ありがとう』と口々に僕に言うんです。僕にとって、これは稲妻に打たれたような衝撃でした。

正直なところ、人様から怒られることはあっても、感謝されるような生き方をしてこなかったから(笑)。こんな自分でも人の役に立てるのかもしれない、できれば人から感謝される仕事がしたい。素直にそう思いましたね」

 

とはいえ、介護の仕事というとネガティブなイメージが強い時代。さらに、それまでの自由奔放な自分の生き方とは180度異なる職業をめざすことを、友人たちが何と思うかを考えると後ろめたい気持ちになり、「介護福祉士になる」と、どうしても人には言えなかったそうです。

※迷い多き高校時代

 

理想と現実のギャップに心が折れた

それでも介護福祉士をめざして、東京福祉専門学校に入学した井上さん。2年間、青梅から西葛西まで片道2時間半かけて通い、卒業後は意気揚々と特養へ入職しました。

 

ところが、新卒で国家資格を取得している新人に対する風当たりは、並大抵ではありませんでした。井上さん自身、もともと物事をはっきり言う性格だったこともあり、「かなり生意気だったと思う」と自負するほど。より良くしようと意見を言えば言うほど無視されるようになりました。

しだいに井上さんの意欲も減退。学校で習得した「本人本位」「個別ケア」という言葉とは正反対の、先輩職員の利用者さんに対する高圧的な態度、命令口調、拘束、虐待のシーンを目の当たりにしても改善できないままでした。

 

「ひどい扱いを受けている高齢の方々の姿が、自分の親、あるいは将来の自分の姿なのかもしれないと考えたら、耐えられませんでしたね。何かがおかしい、これは間違っていると思いながら、でも何もできなかった」

 

はがゆい思いを重ねていた井上さんが、2年半勤めていた特養を辞めるきっかけとなる、ある出来事がありました。

 

「利用者さんが外に出たいというので、散歩に連れて行っていいですか」

ある日、実習生として来ていた後輩から相談されました。

「ふだん、なかなか利用者さんの希望を叶えられない。その思いを払拭したかったのかもしれないけれど、その人の身体状況から見て、その位いいと思う」と判断。後輩からの申し出を許可したところ、移動する際のエレベーターで利用者さんが転倒し、骨折してしまったのです。

 

「自分の思い上がりも原因の一つだったと思います。でも、どうしても後輩にダメだと言えなかった。当然、責任を追求され大変な事態になりました。すべてが終わったとき、プツッと緊張の糸が切れたというか、もうこの仕事とは縁を切ろうと思ってしまった。最悪の辞め方ですよね」

※特養勤務時代の井上さん(写真中央左)

 

『今』を生きている人の『今』を支えられない無念

気分一新、その後は大型ダンプカーの運転手をしていた井上さん。

「運転は好きだし、先輩や友人との付き合いは楽しく、居心地の良い職場でしたが、自分が認められているとか、何かの役割を担っているとか、そうした充実感はなかった」

※ダンプカーの運転手時代

 

3年後、特養の『オープニングスタッフ募集』のチラシを見たとき、「ゼロからスタートする新しい所なら」と即決。資格と経験のある井上さんは、すぐに役職に抜擢され奮闘する日々が続きました。

「たとえば、いかにスムーズに効率よく入浴介助できるかというミッションには、職員同士で相談して水着になり、よりスピーディな介助ができるようになった。でも、あるとき気づいたんです。それは職員の都合であり、流れ作業に過ぎないことを」

 

利用者さんは、どうしたら喜んでくれるのか、利用者さんの思いをもっと実現させたい。試行錯誤する井上さんに、ある利用者さんが「コーヒー1杯でいいから、自宅で落ち着いて飲みたい」と言ってきました。

そのおじいちゃんの自宅は、特養から100メートル先。「何とか自宅に連れて行き、コーヒーを飲ませてあげたい」と考えた井上さんは、道中で起こり得るトラブルを含め家族に同意を取り、周囲の説得に奔走しました。半年かかってようやく許可が下り、いよいよというとき、残念ながら、おじいちゃんは心筋梗塞で亡くなってしまいました。

 

「落ち込みましたね。それと同時に、利用者さんの安心・安全な『生活』を支援すると言いながら、一人ひとりの生活が二の次になっているのではないか、そんなケアでは幸せとはいえないのではないだろうか。そんな思いがフツフツと湧いてきた。

将来のことに時間をかけて取り組むのも大事だが、入居しているどの人も『今』を生きている。高齢の方の人生は、いつ終わるかわからない。だから、一刻も早く取り組む必要がある。その人の『今を支える』ことができなければ、意味がないと思いました」

 

熱い思いに突き動かされ、サービス改善を求め続けたものの、組織という壁を乗り越えることができず、2度目の挫折。「もはや自分でやるしかない」という思いを胸に、退職を決意したのです。当時を振り返りながら、井上さんは自慢気にこう言います。

 

「起業できたのは、この挫折経験のおかげ。今の僕にとっては宝物ですよ(笑)」

 

心のひろば(東京都青梅市)
http://www.kokohiro.jp/

たとえ介護が必要になっても利用者の方が「自分らしく」生きることができるように、住み慣れたまちで、生き生きと暮らせるようにサポートしていきたい、と、地域に根ざした介護サービスを提供することに徹底的にこだわり続けてきた。
事業所のある青梅は井上氏の出身地でもあり、愛着も深い。グループホームや小規模多機能を拠点に地域の人たちとの交流を続けてきた。
訪問介護・居宅介護支援・福祉用具販売・レンタル・住宅改修・グループホーム・小規模多機能型居宅介護と、地域のニーズに合わせて事業を展開している。

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