訪問介護の窃盗疑惑対策 〜「ヘルパーが盗んだ!」と言われたら〜−3

テーマ 【コラム】外岡潤  2017-06-20
訪問介護における窃盗事件の事後対応シリーズ。前回は、ヘルパーが犯行を認めたという前提で、刑事と民事の手続について解説しました。では容疑をかけられたヘルパーが「私はやっていない」という場合、法人としてはどうすべきでしょうか。実務的にはこのパターンが最も多いと思われますが、対応も一番難しいところです。

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決定的な証拠が無く、真偽不明な場合

 ご利用者・ご家族が部屋に隠しカメラを仕掛け、盗みをはたらく決定的瞬間を録画でもしていれば、法人としても判断は容易であり、基本的には警察の捜査結果を待つことになります。

 しかし現実にはそのようなことは少なく、一方当事者からみれば「ご利用者が盗まれたと言い張っているだけ」と言い得る場合の方が多いことでしょう。そのような場合、法人としては選択肢C(「ちょっと詳しい事情が分からないので、当人に聞いてみます……」とその場は収め、担当ヘルパーを呼び出し話を聞く)が妥当と前回書きました。そこでヘルパーが次のような反応をしたら、どうでしょうか。

 「ひどい、心外です! 確かにそのとき部屋には私しかいませんでしたが、神に誓って私は盗んでなどいません。あのご利用者は認知症で、普段から周囲の人を誰かれ構わず悪者に仕立て上げていました。今回も絶対物盗られ妄想です。いい迷惑です。我慢ならないので、むしろ名誉毀損で訴えたい位です! ……もしかして、会社も私のことを疑うのですか?」

 上司の立場としては、困りましたね。「もちろん仲間であるヘルパーのことを信じたいが、万が一ということも考えられる……もし後になって犯行が発覚したら、犯人を匿ったということになりまずいのではないか?」複雑な思いが渦巻きます。

 そこで、こんなときに知っておくと良い法律の定理をご紹介します。それが「疑わしきは被告人の利益に」という大原則です。

疑わしきは被告人の利益に

 「疑わしきは罰せず」ともいいますが、日本の刑事手続のあらゆる場面で適用される原則です。

 刑事裁判では、検察官が被告人(犯罪をしたと疑われ逮捕された人)の罪を法廷で立証する仕組となっていますが、検察側が立証責任を負い、「疑わしい」というレベルでは裁判官は罪を認定できず、ほぼ間違いなくやった(合理的疑いを差し挟む余地がない)という心証が得られてはじめて刑罰を科すことができるという理論をいいます。

 もし、「はっきりしないけれど、疑わしいから犯罪をしたことにしよう」と認定できてしまうと、冤罪(無実の罪を着せられること)ばかりになってしまいます。罪を疑われた人の人権を守るために、このように敢えて偏ったスタンスを採っているのです。

 そしてこの理論は、警察や検察官だけでなく、民間でも等しく通用します。本件でも、窃盗をしたかどうかはまず利用者側(厳密にいえば、利用者から刑事告訴等を受けた捜査機関)に立証責任があり、たとえ被害者であっても「お前は疑わしいから、やっていない証拠を出せ」等と迫ることができません。

 また、当たり前ですがヘルパーの上司は飽くまで上司に過ぎず、警察のような捜査権限はありませんから、間違っても本人がやったという前提で「お願いだから、本当のことを話してよ」「そんなことを言うけど、本当はあなたがやったんじゃないの」等と発言してはいけません。さらにトラブルの火を煽ることになります。

法人はどう動くべき?

 捜査権限がない以上、法人としては何もできないということになりそうですが、一方で本当に何もしなければ利用者側は思い詰めて警察に駆け込み、ヘルパーはヘルパーで「会社が守ってくれない」と不満を持つことでしょう。これでは現実にうまくいかないため、筆者としては法人が中立公正な観点から本件を検証し、被害者=利用者側の主張につき、最低限「合理的疑い」を差し挟む余地がないかを調べることをお薦めします。といっても大げさなことではなく、やることは通常の介護事故トラブル後の対応方法(事故原因等の調査)と変わりません。

 問題とされている日の、利用者宅でのヘルパーの行動を一から振り返り、時系列順に整理する等し、例えば「常識的に考えて、この短い時間内に盗むことは不可能だ」といった「穴」を見つけ出す作業をイメージしてください。

 冒頭のヘルパーの発言に対しては、次のように説明すると良いでしょう。

 「あなたの主張は分かりました。法人としてはもちろん仲間であるあなたを信用していますし、法律上も「疑わしきは罰せず」の理論が適用されますから、ご利用者側でほぼ間違いなくあなたがやったということを証明しない限りあなたが刑罰に問われることもありません。そのことを踏まえた上で、ご利用者ご家族に納得頂くためにもう一度当日のことを振り返って検証してみましょう」

名誉毀損に問うことは可能?

 では、ヘルパーが言っていた「むしろ名誉毀損で訴えたい位です!」という部分はどう考えれば良いでしょうか。

 いわゆる名誉毀損には、犯罪としての名誉毀損罪と、民事上の不法行為としての名誉毀損行為がありますが、理屈上はどちらについても主張することは可能です。ただし裁判所で認められるハードルは相当高く、現実的ではないといえるでしょう。上司としては、「そう思うあなたの気持ちはよく分かる。どう行動するかはあなたの自由だから、一度弁護士のところに相談に行ってもいいと思う」等とアドバイスするに留めておくのが無難でしょう。弁護士としては、本件のようなケースで名誉毀損が成立することはまず考えがたいとアドバイスするはずです。

利用者への対応の仕方

 一通り調べた結果、説得的な説明ができるのであればご利用者側に整然と説明します。もし「やっていない」ことを示す確たる論拠がない場合でも、「疑わしきは被告人の利益に」なりますから、「調べた結果、こういうことが分かった。しかしこれらの事実だけで、当該ヘルパーが本当に盗んだとは言い切れないと思う」と告げれば良いのです。

 それでも利用者が納得しない場合は、法人としてすることも最早無いため、警察に駆け込む等好きに行動してもらう他ありません。ただし、関係機関に根も葉もない噂や苦情等を繰り返す様であれば、流石に先程の名誉毀損が成立しうる状況に近づいていきます。場合によっては、弁護士を立て「あなたの行為は名誉毀損に当たります。直ちに中止してください」と警告することも検討する必要が出てくるものといえます。

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